2018年1月18日

1月18日 仙台市荒浜「海辺の図書館」

今朝は宮城県仙台市、荒浜地区で活動を続ける「海辺の図書館」についてお届けします。

仙台市の中心部から車で20分の若林区荒浜。ここは仙台市内唯一の海水浴場「深沼海岸」に面し松林が繁る風光明媚な場所でしたが、間もなく震災から7年が経つ今もなお建物も松林もまばらな、野ざらしの景色が広がっています。

震災後、災害危険区域となって人の居住が出来なくなった荒浜で、震災前の人の営みや文化を元の住民と交流しながら“本を読むように”体験するのが今日ご紹介する「海辺の図書館」です。館長の庄子隆弘さんは、荒浜に生まれて育ち、大手の書店で図書館業務の責任者を務めている方。2014年にこの「海辺の図書館」を立ち上げました。

◆そこにいる人たち一人一人が本のような存在
私自身が荒浜で生まれ育って、東日本大震災で自宅が流され、家族が亡くなったりは無かったんですけど、しばらくは仮設住宅で暮らしながら生活再建でバタバタしている状態でした。その中でも私の仕事、図書館ということで、何かできないかと考えながら2014年までは日々の生活や仕事に忙殺されていました。それでも荒浜の何も無くなってしまったところに週に一回は行っていたんです。もちろんそんなに人がいるわけでもなく、復旧工事の車両とかそういったのしかなくて、“これからここどうなっていくんだろう”っていうのを見ながら。自分の家の建っていたところも床が残ってたりしてたんですけど、その自分の家の跡のところで、天気のいい日に鳥の鳴き声とか、波の音だったり、日差しだったり、そこで本を読んでたらふとなんか、“こういうところで本を読んでいるの気持ちいいなあ”って思ったんですね。津波で何も無くなってしまったし、自分のものも何も全部なくなったんだけど、ちょっと周りを見ると、今お手伝いをしている「荒浜再生を願う会」という団体の荒浜に同じく住んでいる貴田さんがそこに建物を建てたりとか、あとピザ釜があったり、“あ、なんかやってる人がいる”と。で、ちょうどそこに居た貴田さんと話をして、“津波で大変だったけど荒浜ってこんなとこだったんだよね〜”みたいな話をしながら、なんかこうやって人に話を聞いてることっていうのも、本を読んでるみたいに、なんか荒浜のことを知るっていうことが出来るんだなって思ったんですね。そのきっかけで、荒浜の方たち、そこに集まってきてる人たちがいるっていうことが分かり、じゃあ図書館っていうキーワードで、荒浜で自分が出来ることあるんじゃないかなっていうふうに思ったのがきっかけですね。なんかこの荒浜って本も建物も無いんですけど、図書館っぽいなって思ったんです。そこにいる人たち一人一人が本のような存在で、そこを訪れる人たちは、荒浜に居る人たちであったりとか、自然環境と出会うことで図書館に居るのと同じような体験ができるのかなと思ったんですね。


2014年に立ち上がった「海辺の図書館」。元住民の方と交流しながら、まちあるきの会や音楽イベント、石窯ピザ作りやBBQ、そして波の音が聴こえるベンチでの読書会など、さまざまなプログラムを実施しています。2月4日には「海辺の音楽会in荒浜ハマレレ」も開催されます。

明日も「海辺の図書館」館長、庄子隆弘さんのお話し、お届けします。

2018年1月17日

1月17日 やさしい日本語(3)

引き続き、災害が起きた時の外国人の方とのコミュニケーション方法、「やさしい日本語」についてお伝えします。

「避難所があります」 「高台に避難してください」 ではなく、 「あっちに逃げよう」。
こういう風に、やさしい日本語に言い換えるだけで、外国人の方に「伝わる」ことが数多くあります。日本在住外国人、およそ250万人のうち、英語が母国語の人の割合はたった1%。無理に英語を使うより、やさしい日本語のほうが通じるケースは本当に多いと言います。

23年前の阪神淡路大震災をきっかけに開発され、全国に広がっている「やさしい日本語」。これまでの災害経験から、様々な「言い換え例」が、インターネットにもアップされています。NPO「多文化共生リソースセンター東海」の土井佳彦さんに教えていただきました。

◆コミュニケーションが外国人との「共助」に繋がる
(※聞き手:高橋万里恵)
土井:災害があったときにはいろんな特別な言葉が出てくるんですね。避難してを、「にげて」と言い換えたり、災害で電気が止まったりガスが止まったりしますが、停電という言葉を使わず、「電気が止まる」と言い換えるとか。あとはそういうのをひっくるめてライフラインと呼びます。ライフラインがストップした、ライフラインが復旧したと言いますが、「電気、ガス、水が止まりました」と言い換えてあげるというのは覚えておいたほうが役に立つと思います。単純に言葉の言い換えだけじゃなくて、文化的な背景の違いもあります。地震が起きたときに、早く学校に避難してくださいという言い方をされます。日本人は学校の中に体育館があってそこが避難所になっていて、避難所に逃げると誰でも食べ物がもらえて寝泊まりできて、しかも無料だということは分かっている。だから学校に避難しろというのは「安全な場所に逃げようね」ということなんですが、そんな国はなかなかないんですね。災害が起きた時は、本当に屋外で着の身着のままで寝る感じだと思うんです。学校は外国人の方にとって多くの場合、子どもたちが勉強しに行くところなんですよね。だから「学校に避難しろ」と言われても、なんでこんな大変な時に学校に行って子どもでもないのに勉強するの、それどころじゃないよねと思うんです。。学校=避難所で安全です、と結びつかないと、地震が起きてもそもそも学校に避難しようということがないんですね。そこはやっぱり日本ならではの身の守り方なので、言葉と同時に文化的な背景も含めて共有していくのが大事かなと思いますね。

ーーーー例えばやさしい日本語を使うようになったとして、その行動が次のアクションにつながったり、そういう可能性もあるなと思ってらっしゃいますか。

やさしい日本語で情報が理解できれば、次の行動を自分たちで選択できるようになるというのがあります。東日本大震災では、やさしい日本語でコミュニケーションをとれた外国人の方々が、被災者というだけではなくて避難所の運営の中に関わる支援者にもなっていったんです。例えば避難所でボランティアが皆で炊き出しをしたり掃除をしたりしますよね。その時に「炊き出し」と言ってもわからない。でも「みんなでご飯作るよ」と言えば、僕も参加する、ということになる。「朝の一斉清掃の時間です」と言われても何だかわからない。「掃除するんだよ」とひとこと言えば、ああ手伝いますねと、外国人の方も一緒に活動することができます。救援物資の仕分けをする時も、「水とトイレットペーパー分けようね」と言い換えて、みんなで集まってやることができたそうです。外国人を支援するツールというだけじゃなくて、外国人の方々と一緒に何かをするためのツールとして、彼らをエンパワーメントしていくツールとしてもやさしい日本語は前よりももっと注目されているんじゃないかと思いますね。


ちなみに、日本は高齢化が続いていますが、日本で生活する「外国人の方」に限ると、平均年齢も若いといわれている。
つまり、若くて体力のある人たちが多いく、意思の疎通がとれれば、災害時はとても頼りになる助け合う関係ができると言います。大事なのは、災害が起きる前から、ご近所の外国の方とも、やさしい日本語も活用してコミュニケーションを取っておくことかもしれません。

やさしい日本語、いまはインターネットで検索すると様々な情報が出てきますし、自治体や各地のNPOなどが普及活動をしています。この機会にチェックしてみてください。
★多文化共生リソースセンター東海のサイト

あしたは仙台市荒浜からのレポートです。
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パーソナリティ 鈴村健一

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