「釜石の奇跡を起こしたのは、はじめは、釜石中学のサッカー部員でした」 防災教育の第一人者、群馬大学大学院教授で広域首都圏防災センター長の片田敏孝さんはそういいます。 2011年3月11日。2時47分。釜石中学校の校庭では、サッカー部の少年たちがボールを蹴っていました。震度7の大きな揺れ、サッカー部の少年たちは揺れが収まった校庭で考えました。「揺れが起きた後は、大きな津波が来ると片田先生が俺たちが小学校で受けた授業の時に言っていた。その時に命を守れるのは俺たちだって。そうだ、高台にみんなを連れて逃げよう!」
中学生は、まず、隣の小学校に行き、叫びます。「津波が来るぞ。みんな高台に逃げろ!」 サッカー部の少年たちは、身体の小さな小学生の手を引き、近隣のおじいさんおばあさんにも走って声をかけて回り、全員で高台に逃げました。15時20分頃、釜石中学の校庭を30mを超す大きな津波が襲います。しかし、誰一人の命も失うことなく、釜石市民はこの大試練を乗り越えたのです。
2008年から防災教育の責任者として釜石で教鞭をとっていた片田教授の教え子が、その教えを元に実際に地域住民を助け、一人も津波の犠牲を出さなかったこの事象を、人々は「釜石の奇跡」 と呼びました。「津波てんでんこ」 この釜石の奇跡を起こした片田教授が地域に伝えたメッセージです。その意味する所は、大人も、子供も、全員自分の命を守るように、高台に行け。
誰か心配な人がいるからと言って家に戻るのではない、その大切な人も自分で自分の命を守る行動を取っているはずだと。
片田教授は、東日本大震災後、各地で「防災教育」を続けています。若い世代への教育が、今後の日本を変えると信じているからです。番組では、この片田教授の取り組みを取材するとともに、教育を受けた子供たちがどう成長しているのか、これからの日本をどのように変えたいと思っているのか、ポジティブなメッセージを届けます。
東日本大震災では、家族や知人を助けに行って、多くの人が津波の犠牲になりました。 一方首都圏では、家族の安否を確認しようと我が家を目指し、およそ500万人が帰宅困難となりました。 なぜ私たちは、いのちの危険をかんがみず、このような行動を取ってしまうのでしょうか…
「人は人として逃げられない」と片田教授は言います。
人は、自分の命が危ういと思うような災害が起きたとき、大切な人のことを想い、その人の安否を考えて、自分の安全よりも、自分が大切に想う人の安否を確認を取る行動を取ってしまうものです。
防潮堤や堤防を作るなど、物理的に災害を排除することも大切ですが、実は、情報をしっかりと、伝え届けることも大切なのです。
釜石の奇跡を起こしたのは、片田教授が子供たちに、「自分が逃げれば、お母さんも自分を探しに来ない」と地域を教育し、子供も、大人も必死に逃げたから。
防災とは、人の心の問題、家族の絆の問題、自分の命は決して自分だけのものではないと思って災害に向かい合うこと。普段から自分の命は自分で守る、というメッセージを片田教授の防災教育を通じて伝えます。
1000年後の未来のために当時の中学生が「いのちの石碑」をつくりと同時に教科書も作るという取り組み。 まさに「防災教育」ともいえる、宮城県女川町の「いのちの教科書」を紹介します。
命の大切さに直面した女川の中学生たちが震災後「1000年先まで、記憶をのこそう。」とプロジェクトをスタートさせた「女川いのちの石碑」。「女川いのちの石碑」が資料として残すだけでは足りない、震災の教訓を絶対に風化させないため、「命を守る」人と人との触れ合いのバトンをつないでいこうと製作に取り組んでいるのが「いのちの教科書」です。当時中学1年で、現在石巻高校2年の木村圭さんはこう語ります。
「この震災で得られた教訓を忘れないで後世にも伝えていって、1000年後に起きるであろう地震で、私達のような悲しくて辛い思いをしてもらいたくないので、その想いをしないために私たちは、ひとりでも多くの命ではなく、一人の命も落とさないように活動していきたいと思っています。だから活動は1000年後まで、私達が死んでも次の代、次の代と受け継いで続けたいと思っています。」
「いのちの教科書」は今春の完成を目指し、出版への協力を呼び掛けています。
片田敏孝 プロフィール
群馬大学大学院教授で広域首都圏防災センター長
防災教育第一人者 東日本大震災後、全国で防災教育を行う教育社を一人でも多く作る活動従事している。
【委員会・審議会等】
内閣府中央防災会議:「災害時の避難に関する専門調査会」委員 / 文部科学省:「科学技術・学術審議会」専門委員 / 総務省消防庁:「消防審議会」委員 / 国土交通省:「水害ハザードマップ検討委員会」委員長 / 気象庁:「気象業務の評価に関する懇談会」委員 などを歴任
【著書】
「人が死なない防災」 集英社新書 / 「3.11釜石からの教訓 命を守る教育」 PHP研究所 / 「子どもたちに『生き抜く力』を ~釜石の事例に学ぶ津波防災教育~」 フレーベル館 / 「みんなを守るいのちの授業 ~大つなみと釜石の子どもたち~」 NHK出版