炊き出しを通じて生まれた新しい飲食店「mebuki-芽吹-」輪島にオープン!
今回は石川県輪島市で「食」を生業にする人たちの再生への歩みをお伝えします。
取材したのは「mebuki-芽吹-」という名前の居酒屋さん。輪島市のミシュラン一つ星レストラン、ラトリエ・ドゥ・ノト(L'Atelier de NOTO)シェフの池端隼也さんを中心に被災で営業できなくなった地元の料理人たちが集まって作ったお店です。輪島港のすぐそばにオープンしたこのお店、クラウドファンディングで資金調達。今年8月にグランドオープンしました。
mebukiのメンバーの一人で、ご自身も輪島でバーを経営している田辺和久さんに伺いました。
「元日の地震の後、うちの代表の池端隼也、もともとフランス料理店『ラトリエ・ドゥ・ノト(L'Atelier de NOTO/能登のアトリエ)』のオーナーシェフが店の食材を全部使って温かいモノを作って届けたいと思い、数百人分の炊き出しを始めました。でも数百人分となると食材を切ったり調理したりする頭数が足りなくなるので、僕もそうですが、自分のお店や自宅の様子を見に行ったときに「マスター手伝って」と声をかけられ巻き込まれたのが経緯です。他のメンバーもそんな感じで町中で声をかけられて、「見つかっちゃった!」みたいな感じで(笑)。当時はマックス20人以上いたかな。漁師さんはいたし、味噌を作っていた子、漆器屋さんもいた。みんなで避難所に向けたご飯と、自宅待機者や車中泊をしている方へ向けての炊き出しを合計1800〜2000食くらいは作っていましたね。」
「その炊き出しが6月で終わりになった瞬間に、協力していた人たちがみんな「このあとどうしよう、お店を再建するとしても1年後、2年後だよね」という話の中で、たまたま「割烹きよし」という割烹料理店のオーナーがご高齢で地震をきっかけに営業を辞めるという判断をしていて。それで池端シェフに話が来て、この店を購入してみんなが働けるように舞台を整えてくれた、というのがmebukiの始まり。だから働いているメンバーは震災当時の炊き出しメンバーがごっそりここに移っているんです。
(もともと居酒屋ではないですよね)池端シェフはもともとフレンチのシェフ。居酒屋と言うわけではないですけど、形は変えないといけないと思う。僕らも変わりましたというところは見せなきゃいけない。みんなそうですが、震災前の状態に戻すのはほぼ不可能。失ったものが大きすぎて、前と一緒にするのは無理。でも、形を変えてこういう風にすれば、前以上のものができるかもしれない、というのが一つの道筋だと思っているので。だから店の名前も、新しい芽が吹くように「芽吹」とした。過去のものがきちんと養分になって新しいものが咲き誇るというイメージなので、いまは居酒屋しかできていませんが、年月をかけていくと違う形に変化していくかもしれない。今できることをまずやっているという感じですかね。」
池端シェフのお店も被災
一つ星レストランの評価を得ていた池端シェフのお店「ラトリエ・ドゥ・ノト」も大変な被害を受け、再開はまだまだ時間がかかるといいます。今回インタビューした田辺さんも、2店舗経営していましたが1店舗は廃業に。輪島には同じような境遇の飲食店の方々が大勢います。そうした人たちの間で、炊き出しを通じて生まれたのが「mebuki」でした。
まだまだ地元食材の調達に苦労する部分はあるようですが、お客さんたちの温かい声にも力をもらいながら、おいしいご飯を作り続けています。
「炊き出しをやっていたという前身があるので、当時炊き出しをもらっていた人が、今お金を払って食べに来てくれている。「あの時は助かった。本当にありがとうね」と声をかけてくれて。あの時は何もできない状況だった人たちの生活環境が少しずつ変わって、お金を払ってご飯を食べに来られる状態になったことは結構嬉しいですね。当時炊き出しを取りに来られた方との絆があって、顔を見るたびに炊き出しの食事を何食欲しいのかがわかるんですね。「いつものおばちゃんは5食やね」とか。そういう方がご家族を連れてお店に来られたり。子どもを連れてくるのを見ると、当時は顔を見られなかったが、この子どもたちが食べてくれていたんだなと思ったり。被災者から変わっていく過程をここで見られるので、それはすごく嬉しいですね。」
石川県輪島市に8月にオープンした居酒屋「mebuki」。田辺さんは「被災者だからかわいそう、とは思われたくない」「ぜひ気軽に、遊びに来る感覚で輪島に来て欲しい」と話しています。
『mebuki-芽吹-』インスタグラム