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24.08.09
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地震に耐える新たな窯の開発で再建したい。 製炭工場『ノトハハソ』


能登半島の里山のなかにある集落で“炭”を焼いている製炭工場 株式会社 ノトハハソ。工場内は能登半島地震で大きな被害を受け、4基ある窯はすべてが崩れ、事業再開の目処は当面立っていません。


「ここは天井が土で出来ていたんですけど全て崩落して、炭が下敷きになったので全て作り直しです。だけど建物の被害よりも地面が下がっているので、まずこの崖を護岸してこれ以上崩れないようにしないといけない。建物を撤去して地盤改良しなきゃいけない。その上に、元に戻す窯を作って、土も叩きしめて、ってすごく時間がかかるんです。労力がものすご過ぎて・・・」

そう語るのは、ノトハハソの二代目 大野長一郎さんです。周辺の里山に炭の材となるクヌギを植林し、8年後に伐採して炭にするといったサイクルを繰り返し、森の恵みを活かした持続可能なライフスタイルを目指しています。

しかし、昨年5月の震度6強で窯が全壊。その後修理したばかりの窯が、元日の地震で再び崩れてしまいました。


「その日は朝7時に2号窯が焼きあがったばかりで、1週間の冷却期間に入るんです。だけど揺れて窯に穴が開いて、密閉した窯に穴が開くとそこから酸素が流入して、再燃焼するんです。窯の中には800kgの炭が出来上がるんですけど、その800kgの炭が一気に燃え始めて。火柱が部分崩落した穴からバーナーみたいにブォーーーっと立ち上がって。それを耐火性のレンガをのせて延焼を防ぐ方法をとったんですけど余震がものすごくて。最初割れたところは小さかったけどだんだん広がってきたから、被せるものが無くなってきて、窯の上の酸素消費量が激しくて、一酸化炭素と燃焼ガスに満たされて息ができない状態で。それとおそらく1000℃近いすごい熱が放たれていて、上のトタン屋根が溶けて液状になってポタポタ垂れ落ちている状態でした。途中から置くものがなくなって、最後大きめの鉄板しかなくて・・・。イチかバチかでしたね。」

出来上がったばかりの炭が入っていた2号窯、火災はなんとか食い止めることができましたが、窯の天井は崩れ、炭もすべて粉々になってしまったそうです。


それでも工場の神棚には、震災後に大野さんが書いたという「復興」の2文字が。
大野さんは、「地震に耐える窯を開発したい」と話します。

「とにかく窯が使えないと収入がなくなるので、窯自体、土と石でできているんですけどその素材だと、しかも地面から固定していると揺れたら当然また痛むわけで。なので今は地面と切り離す窯を目指しています。結局これまでの窯の課題は、一窯一窯クセがあって違うんですよ。それを職人っぽくね「一窯一窯のクセをつかんでうまくやるんですよ」ってそういうのは、里山ファンクラブとか炭焼きファンクラブで、昔はこうやって作ってたんだと伝えてもらえたらいいことで、うちがそこにこだわり続けることは、今までやってきましたけど、なかなかビジネスベースに乗っていかない、足かせになって課題となっていたので、この際一気に解決できるような窯が出来ればと思っています。
(その構想は以前から思っていたのですか?)今回の地震からです。だってまさかこの場所で再建できるか難しいという状況は想定してなかったので、時間がかかる間に焼けないじゃ話にならないので。だけど地面と離れた窯、簡単にいうと移動できる窯だったら建屋が修繕できなくても焼き始めることができるじゃないですか。なのでまずは窯づくりからはじめたいです。」

現在は傾いた工場の地盤を調査する会社がようやく見つかり、それと同時に、耐震に強い「地面と離れた窯」の開発を進めているとのこと。再建までの長い道のりははじまったばかりです。

ノトハハソでは、再建に向けた支援金を受け付けています。ノトハハソのホームページをご覧ください。



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