熊本、東北の復興を“水”という視点で考える
熊本は熊本地震以来7年を経て交通インフラの復旧が最終段階となっていますが、そこに加えて世界的なハイテク産業が熊本を拠点にすることになり、いま、復興の象徴として地元の期待を集めています。実はここに熊本の「水資源」が大きく関係しています。
また東北では、東日本大震災をきっかけに水道インフラのあり方を考え直す動きもあるということで、今回は「水」という視点で熊本・東北の復興を考えます。
今回お話を伺ったのは世界中の「水」をめぐる問題を取材している、水ジャーナリストの橋本淳司さんです。
―――熊本といえば、湧水や地下水など水が豊かな土地として知られていますが、2016年の熊本地震のとき、地下水に異変が起きたとか?
「熊本市内の水前寺公園の池の水が消えてしまったんです。熊本の地下水は浅い層を流れている地下水と、深い層に流れている地下水があるんですけど、地震で地盤に亀裂が入って上の地下水が下に流れてしまったんです。それで浅い層の地下水が消えてしまうということがありました。」
―――それは地元の方ショックだったでしょうね
「熊本の場合80万人都市で水道は100%地下水を使っているんですが、熊本市内では井戸水を持っている家庭もたくさんあって、地震で水道が使えなくなってしまっても水を確保できたという家庭が多かったそうです。そういう点では災害に強い街なんですね。」
―――なぜこれだけ地下水が豊富なのでしょうか?
「実は、“田んぼ”が関係しているんです。加藤清正が熊本に入った時にたくさんの田んぼを作ったんです。白川という川をご存じですか?」
―――白川水源が有名ですよね? 美味しい水が湧いているのでよく東京へ持って帰っています!
「あの豊富な水が生まれているのが実は田んぼが関係しているんです。2010年に熊本市が井戸の水位を計ったことがあるんです。そうしたら1980年と比べて随分水位が下がったことがわかったんです。地元の人は最初、企業が水を汲み上げ過ぎたからじゃないか、と考えたんです。さらに調べていくと田んぼがあったところが畑に変わったり住宅地に変わったり、田んぼの面積が減っていることに気が付くんです。あの辺りは白川の水を田んぼに入れると、阿蘇山の火山灰で出来た土地なのでザルのようにどんどん水が抜けてしまうから「ザル田」なんて呼ばれていて、川の水が地下に浸透するんです。つまり地下水をたくさん育んでいた田んぼだということが分かってきたんです。それで田んぼを大事にして地下水を守っていきましょうという気運が高まったんです。それでソニーやサントリー、コカ・コーラなどたくさんの企業が熊本の水を使って事業をしているんですけど、田んぼを保全する活動、具体的にいうと稲刈りが終わったあとの田んぼに水をはってもう一回水をチャージする取り組みを行っているんです。こうした“使いながら水を増やす”水田事業を熊本ではやっていて、これは2013年には国連で表彰されているんですね。
地球は“水の惑星”なんて言われていますけどほとんど97.5パーセントが海の水なんです。私たちが使える真水はほんのわずかなんです。だから海に流れていく前にゆっくり陸地にとどめておく、ということがとても大事なんですね。それを熊本では田んぼが補っていて、お米を作っているだけじゃなくて地下水を育む役割や生き物に水を供給する役割など、生物多様性という面でもとても大きな役割を果たしているんです。」
―――そしていま、世界トップクラスの台湾の半導体メーカーが熊本に拠点を置くことになり、経済的にも地元の方も注目してと伺いましたが、ここにも熊本の「地下水」が関係している?
「この台湾のTSMCという会社がなぜ熊本に工場をつくることになったかというと、「水」というのに深く関係しているんです。半導体というのは細かなチップを洗浄するのにきれいな水を大量に使うんです。実はTSMCは台湾の水不足が原因で工場が思うように生産ができないということがありました。2019年あたりから台風の通り道が変わってしまい台湾のダムが枯渇するようなことがあったんです。そこで台湾は国策としてこの半導体をつくるために農業の水を止めて半導体をつくる、ということまでしたんです。そこで熊本に進出するというのはこの「水」が大きくて、1日でだいたい20万トンの水を使っているんです。世界的に水不足が懸念されている中で日本の水を使って半導体を生産しようということなんです。」
―――地下水大丈夫なのか?って地元の方も心配されませんか?
「地元の方も心配されているんですが、熊本には“熊本の水はみんなの水だよ”という条例があるんです。その条例の中には、自分たちが使う水の量をきちんと報告してくださいとか、『涵養(かんよう)』といって地下水を保全する活動をしてください、ということが決められているので、TSMCにも条例を守ってもらい、水利用に関しての情報の透明性や、田んぼを守ったり森林を保全することで水を増やす事業も同時にやってほしいと思います。水というのは石油と違って持続的に使える資源なんです。ここに注目して保全しながら使用する。それが半導体メーカーにとっても、持続的に事業をやっていくことに繋がるんです。」
―――ここまでは熊本の話でしたが、橋本さんは東日本大震災後に東北に足を運び続けて、被災地の「水道」被害をいくつもご覧になった?
「220万世帯以上が断水したので、どうして水が止まったのかということを調べてきました。483ヶ所の浄水場を調べたんですが、配管設備の損傷によって水が止まったのが全体の11パーセント。35パーセントと多かったのが電力供給の停止なんです。浄水場や水を送るポンプなどは電気をたくさん使っていて、自治体が使っている約4割が水道事業で使われているんです。そういった中で、“電気をあまり使わない水の作り方はあるのか?”と思って東北で調べてきました。」
―――そんなこと可能なんですか?
「今一般的に使われている浄水場は“急速ろ過”といって薬品を使って水をきれいにしているんですが、明治から昭和の初めぐらいまでは“緩速ろ過”といって微生物の力を使って水をきれいにするというのが一般的だったんです。そういった浄水場は費用もあまりかからないし、電力もあまり使っていないのでサステナブルである。東北地方には“緩速ろ過”の浄水場がまだたくさん残っているというのが、震災後に見えてきたことです。」
―――日本は災害大国でその度に断水が問題になる。それを解決する方法としても良いですね
「今までみたいに大きな浄水場を作ってそれを長い排水管でたくさんの人に水を運ぶというやり方ではなく、小さな浄水ポイント=“水点(すいてん)”と言いますけど、小さな村では井戸水を使ったり雨水を活用したりして知さな浄水場をたくさん作ることが実は災害に強い水システムだったりします。日本はたくさん山がありますけど、山が急なために海まで流れていってしまいます。そういった中で森林を保全したり田んぼを作って水をとどめておく。水を土地との関連性によってみていくことが重要なんだと思います。
今回のお話、次の世代に向けて自分たちが出来る取り組みだなと感じました。
水ジャーナリスト、橋本淳司さんが世界の水を取材した話は著書『水辺のワンダー』でもご覧いただけます。水を視点にした防災まちづくり、ぜひ参考になさってください。
「Hand in Hand」、来週は番組ではおなじみ、テロワージュ東北について。東北屈指の人気温泉地、お酒と食事のマリアージュを堪能する秋保・作並ツアーの模様をお送りします!