気仙沼・舞根湾、未来へつなぐ海づくり森づくり
「ん〜〜〜。まるで赤子を飲んだような。丹念に育ててきた大事な赤ちゃんを味わいながらペロンっと飲んで、その魂が私の胃の中で燃え盛りつつある。これはロマンだなぁ。」
こちらは宮城県気仙沼。海の上でのワンシーンです。
養殖いかだから牡蠣を水揚げして、その場で殻をあけて食べる! 「赤子を飲んだようだ」と呟いた方は、日本のゴリラ研究の第一人者、霊長類学者の山極壽一さんです。現在は総合地球環境学研究所の所長として環境問題にも力を注ぐ山極さんも自ら足を運び、視察するほど注目しているのがNPO法人「森は海の恋人」による海づくり、森づくり。今回の取材のメインテーマです。
気仙沼・唐桑半島の付け根にある舞根湾と、その湾に注ぐ西舞根川の流域で行われている、日本で他に例のない方法の環境保全。今回はその新たな取組みと、流域の自然の素晴らしさをレポートします。
「あの山の裏側に、室根山という900メートル位の山があるんです。その山に降った雨は、そこから大川と言う川を通して、ずっとここに来ているわけです。川から来る森の養分が海に来て、もう一つの森がこの沿岸域の海にあるということなんですよね。ですから、この緑さえちゃんとしておけば、この国は何とかやっていけると言うことがわかってきたと。それが結論ですね。」
気仙沼市の「舞根湾」という静かな内海で、森と川と海の繋がりについて話してくださったのがNPO法人「森は海の恋人」代表、気仙沼の牡蠣漁師・畠山重篤さんです。“漁師が山に樹を植える”「森は海の恋人」の草の根的な森づくり活動は今や地域を超え、世界にも広がりを見せています。
海水の中には、無数の動物性プランクトンが!
森から流れてきた植物性プランクトンを食べているのが、この動物性プランクトン。これを小魚が食べているのです。
船に乗り舞根湾から森を見たあとは、再び舞根湾の岸辺へ。
この岸辺には、川と海の境い目/湿地・干潟があるのですが、この湿地こそが東日本大震災をきっかけに生まれた、環境保全を象徴する場所です。森は海の恋人・副理事長、畠山信さんに聞きました。
「ここは地盤沈下で平均70センチくらい下がっていますので、湿地に変化した場所になります。それを我々は保全活動をしているんですが、いろんな生き物が出てくるんですね。いっぱいもしゃもしゃ生えているのが、いわゆる絶滅危惧種のカワツルモ。今年は大発生しています。なぜかというと、去年まで災害復旧工事をやっていたので、やっと工事が終わって落ち着いて、これからどう変化するのかをモニタリングしなければいけない状態です。」
―――石がガラガラ積んであるのは?
「既存の河川の護岸があったんですが、災害復旧工事の国の予算で、「護岸を壊す」ということを日本で初めてできた場所になります。本来河川の護岸は洪水から土地を守るためにあるべきものですけど、そっち側はもう洪水から守らないことを前提に地権者全員の同意を取ることができたので、何とか災害復旧で護岸を壊したり、または湿地を湿地のまま残すことができたんですね。そのための住民の同意を取るための手法として「自然を守るため、希少生物を守るため」というのは全く住民には響かなかったんです。一番響いたのがメダカ。住民にとってメダカは、小さな頃に戦後や戦中くらいに桶ですくって家で飼っていた楽しい思い出の一つなんです。護岸なんて壊さないでくれと言っていたおじいちゃんが「メダカいるのか、まだ生きているのか」と言うので、メダカを保護するためですよと言ったら、「そういうことならハンコを押す」とその場で2秒で押してくれました。」
森の栄養が川を流れ、海へ注ぐという自然の循環。今回の取材ではその循環を逆回しするように、気仙沼・舞根湾の海から始まり、海と川が入り交じる湿地へ足を運び、最後は川をさかのぼり、森の中へ分け入りました。
そしてこの森のなかで2020年度から始まっているのが、森は海の恋人の新たな環境保全活動。プロジェクト名は「森へ入ろう」です。
―――沢を渡るのですね
「ここが西舞根川という小さい川になるんですが、上流部大体2.5キロ先から川がはじまる、ひと雫が出るのがそのぐらい先なんですね。我々はこの流域にだいぶ放置された杉林もあるので、人の手で回復を促していく保全活動、西舞根川の流域全部をやっていきたいなと活動を始めたところです。」
―――少し開けたところに来ました
「距離的には海から1キロ来ていないんですが、流域の保全活動する上でのベースキャンプを作ろうということで活動している場所になります。杉を植林した跡地で、完全に放置された杉林だったんですけど、全部一気に切ってしまうと土壌浸食が起きてしまう、大雨が降ると土が流れてしまう懸念があるので、ゆっくりアカデミックな調査をしながら、これで間違っていないかを確認しながら、間伐作業、森づくり作業をやっている場所です。これからこういう少し明るい場所と、逆に真っ暗な森というのは、それはそういう生態系になるので、大型哺乳類のたまり場になっているような場所とか、ちょっとじめっとした場所とか、それはそのまま一部残しつつ、明るい林をできるだけ多く作っていきたいというのが、この森づくり活動、「森へ入ろう」という活動になります。」
「魚は鮎や、ヤマメ、うなぎもここに戻ってきますね。日中なので見えにくいんですけど、スジエビという種類とキタノスジエビというここで見つかった新種の川エビがここにいて、その研究もしています。この川エビも川で生まれて、幼生が海まで下ってある程度成長すると、また川に戻ってくるという両側回遊という生活をしています。ちょうど今産卵してある程度大きくなったのが川の上流へ登っていくシーズンなんですね。エビは水の流れが早いところは避けて、ロッククライミングをして上流を目指すのがこのシーズンは見られます。その調査をやっていたんですが、24時間観測をしてみると、夜中1時ぐらいから彼らのテンションが上がり、一気に集団で登り始めるんですね。2時から3時にピークになると思っているんですが、3時位になると人の方が酒を飲み始めてしまうので調査にならなくて(笑)」
この「森へ入ろう」では多様性を守る、そしてそれを子どもたちに教育として伝えるだけでなく、将来的には、流域単位のツーリズム/観光にもつなげたいと考えているとのこと。
最後に、このプロジェクトが目指すものはなにか、畠山信さんに聞きました。
―――スタートしたのが2020年でもうすぐ3年ですけど、変化はありますか?
「明らかに変化が起きたというのは、明るくなった瞬間に下草が生えて、そこだけスポット的に。私は昆虫が専門なんですが、明るい場所が好きな昆虫が集まる場所というか。周りが暗いので、砂漠のオアシス状態で昆虫が集まってくるんですね。蝶々は面白いですね。森の木の上を飛んでいる蝶々が吸い込まれるように下に落ちてくるので、落ちてくる場所って大体決まっているので、後はそれをタモですくえるので非常に楽に調査ができますね。」
―――森が整備されて、海に栄養分がいって、おいしい牡蠣ができる循環。ここでモデルケースになると良いなと思います。
「モデルケースを目指してやるというのは、僕はちょっと違うのかなという感じです。結果的に、30年経ってモデルケースになっているか、ただの山になっているか、それは30年後に来てみないとわからないですし、その時代、その時代で価値観は変わっていきますから。ただ、価値観が変わらないものもあると僕は思うんですね。僕の生物学のお師匠さんが、「普遍的な価値があるものは森じゃないかな」と話をしていましたね。森は価値のあるものだと思うんです。生物の住処だということもありますし、水を保水、供給する源でもありますから、森を全部消せということにはまずならないんですよね。価値観は変わらない、まさに唯一普遍的価値があるものは、何かと問われたら、それは自然だと僕は思います。なので、子どもたちに向けての環境教育をやっているんですが、価値観は共有されているんだけれども、じゃあなんで自然は大事なのか、腑に落ちることを体験から学ぶこと、本当にリアルの自然の中に出かけていく。そこから後は自分の生活を見つめ直すことですよね。自分がどう自然と関わっているのかと言うのを、自分の言葉で表現できたらいいんじゃないかなと思いますね。」
流域全体を保全していく「森は海の恋人」の、「森へ入ろう」。30年先、自然がどう変化していくのか、また森の価値がどう変化していくのか、注目です。
活動内容については、公式サイトでご確認ください。
◆NPO法人「森は海の恋人」サイト
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「Hand in Hand」、来週は気仙沼で生まれた極上クラフトビールにスポットを当ててお送りします。