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22.01.06
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気仙沼の未来の羅針盤 「まるオフィス」


先週に引き続き、宮城県気仙沼からのリポート。
今回お話を伺ったのは、中高生むけの教育プログラムを通じた町づくりに取り組む一般社団法人「まるオフィス」代表の加藤拓馬さん。兵庫県出身の加藤さんは、東日本大震災をきっかけにボランティアとして気仙沼に入り、そのまま移住しました。現在は31歳、学生時代から付き合っていた女性とご結婚され、5歳と3歳のお子さんのパパでもあります。

加藤拓馬さんがこの10年、気仙沼で向き合ってきた若者の課題と、「まるオフィス」の活動とは。
まずは加藤さんの移住へのいきさつについて。


「2011年3月に大学卒業して、4月に気仙沼に来ました。もともと大学生時代に海外のボランティアで中国によく行っていて、それが原体験になって震災が起きたときに何かできるんじゃないかという勘違い使命感を発症しました。これは私がなんとかしなきゃ、できるんじゃないかと。そのまま内定をいただいていた会社の社長に謝って、結局入社せずに新卒・無職・プー太郎ボランティアが誕生して。それが最初でしたね。」

―――その頃、10年後も自分がここにいると想像していなかったですか?

「はい。まさか結婚して子ども2人いるとは思っていなかったですね。(そうか、こちらでご結婚して、人口を増やしているんですね)はい。まさかですね。それは本当に思いませんでしたね。」

―――移住して10年。外から来た人間としていろんな場面を見たと思いますが10年経って、いまの課題ってどんなものだと感じていますか?

「子どもがいない、少ない。若者が出ていくというところは日本全国、地方であれば共通の課題だと思いますけれど、やっぱりここも相変わらず大きな課題だと思いますね。そういった課題解決のために、一般社団法人まるオフィスでは、主に地元の中学生や高校生の教育の支援と、移住支援をやっています。」

―――移住して子どもたちへの教育に力を入れようと思ったいきさつは?

「実はいろいろ変遷があるんですけど、最初は唐桑半島の漁師さんの後継者がいない。じゃあそれを誰に、どうやって何を伝えればいいのかと考えたときに、漁師という仕事の魅力を地元の子どもたちに伝えようということで、地元の中高校生を集めて漁師体験を開いて、漁師さんに船に乗せてもらって、実際に漁の体験をする。それで僕は、将来『漁師になれよ、Uターンして帰ってこいよ』と言っていたんですけど、だんだん中学生・高校生の顔と名前が一致してくると、“この子たちにとっての本当の価値”って将来漁師になることだけではないと気づき始めるんですね。それはつまり僕の役割は漁師さんの後継者を作ることじゃなくて、もしかしたらこの子たちが将来何者にでもなれる力、選択肢を自分で広げる力をいま気仙沼で漁師さん達と一緒に育むことじゃないかと。逆説的なんですけど、彼らの選択肢を広げることで、結果その中に地元に関わり続けるという選択肢が生まれるんじゃないか。そのぐらいのスタンスで大人は背中を押してあげたほうが逆に彼らにとっても、彼らが地元と良い関わりを続けるきっかけになるんじゃないかと思って、『帰ってこい』と言うのをやめました。」

―――ぶっちゃけ漁師さんは戻って欲しいなと思ってる方もたくさんいるのでは?

「それは漁師さんに限らず、チャンスを広げれば広げるほど、視野を広げれば広げるほど村を出て行ってしまうというのは実はあるんですけど、どんどん面白い人が世の中に排出されていく街になることが、この街が50年先、100年先続いていく上ではひとつ大切な要因になっていくと思って、教育にシフトしていきました。それが2018年、3年前。まだまだ全然ぺーぺーなんですけど。」

こうして加藤さんは、漁師さんの担い手不足の解消・・・ではなく、漁師さんたちと一緒に子どもたちの人生の“選択肢を増やす”という方向へ舵を切りました。地元中学高校の総合学習の授業をサポートしています。


人口減少が続く東北。気仙沼は年間1000人ずつ人口が減っているといいます。気仙沼の未来を指し示す羅針盤のような「まるオフィス」は、この課題をどう乗り越え、どんな目的地を目指しているのでしょうか。

「日本全体の人口が急激に減っていて、気仙沼だけ定住人口をキープすることはもうないと思っていて、人口を確保するというのをちょっと別の次元で考え直さなきゃいけない時代に入っていると思うんです。それは気仙沼にいるいないにとらわれずに、気仙沼というフィールドで挑戦し続ける人だとか、そこで活動をする人、いわゆる関係人口や活動人口と言われる人を日本中、世界中に増やしていく。そういうアプローチが日本のローカルには求められているんじゃないかと思うんです。それを気づかせてくれたのは東日本大震災で、当時大量のボランティアさんが僕も含めて三陸沿岸にやってきたわけで、10年たっても彼らは気仙沼のファンだし、石巻のファンだし、大船渡のファンだし。極端な話そこに住んでいる人が何人になろうが気仙沼を思う人が世界中に100万人、1000万人いたとしたら僕はその街はなくならない気がしていて。」

―――私もずっとこっちに来ていて、住んでいるのは東京ですけど関わりたいと思うから、何か面白い事があればちょっと一緒にやらせてほしい。震災以降、その街が好きになって人が好きになって、これはずっと続く気がします。

「じゃあ地元の子どもたちにいま伝えたい事は『帰ってきなさい』じゃなくて、『将来あなたが関わりたいと思う大人はここにいますよ、帰ってくるか来ないかはあなたが決めてください、でも関わりたいと僕らは思っているし、あなたが関わりたいという大人に僕らはこれからもなりますよ』ということをとにかく伝える。やっぱり震災から10年経って、すごく地元のことが好きな子どもたちがたくさんいますし、将来絶対に地元に帰ってきたいという子たちもいるんですね。その子たちに共通しているのは、何か地元でチャレンジしたときに周りの大人に応援してもらった経験を持っているんです。なので、今後期待していることといえば、何か事業を起こす力を育みたいと思っています。結局、地域課題がたくさんあるという事はその分事業ができるということなので、小さな事業でも良いのでそういう仕事がポコポコ生まれる。なので移住支援センターもいま行政と一緒に運営しているんですけど、“移住しなくていい移住支援センター”だと思っていて。僕らは移住者を増やしたいというより気仙沼という街との関わり方を提案したい。10年経って、こんな関わり方ができます、あなたのライフスタイルだったらこんな関わり方がフィットしますと言うことが提案できる、そんな機能があると街にとってもその人にとってもハッピーなんじゃないかなと思っていますね。」


「若い子の視野、選択肢を広げたい。」と話す加藤拓馬さん。気仙沼へ移住して11年目。この先加藤さんご自身は、気仙沼で活動を続けていくのでしょうか?

「僕は気仙沼に拠点を持ち続けたいと思っているんですけど、いま気仙沼でやっているお仕事を他の地域に持っていきたいという思いは凄く強いので、やっぱりそれができる次の10年にしたいと思っています。気仙沼とか唐桑だけ良くなればいいとは思っていないし、そこだけが良くなる事はありえないと思うので、やっぱり夢は“気仙沼モデル”というものを作って、教育で、それを他の街でも何かチャレンジできる、広げていくということをしていきたいですし、それがいずれアジアの他の国でも必要になってくると思うので、広げていきたいという思いはありますね。」

『気仙沼の未来の羅針盤 「まるオフィス」』
一般社団法人「まるオフィス」代表・加藤拓馬さんにお話を伺いました。



ちなみに今回取材した「まるオフィス」の拠点は、気仙沼の遊覧船乗り場を目の前にした「ピア7」という建物。NHK朝の連ドラ『おかえりモネ』のロケ地。モネが気象予報士として働いてた場所として知られています。なかにはシェアオフィスもあり、年間たった1000円で利用可能で移住者や東京などからテレワークで使っている人も多いといいます。

まるオフィス 公式サイト

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