5年連続の浸水被害を乗り越える! 日本一のパクチー農家
全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。今回のテーマは、
「5年連続の浸水被害を乗り越える! 日本一のパクチー農家」
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8月の豪雨による浸水被害を受けた九州北部、今週は福岡県久留米市のリポートです。訪ねたのは、久留米市でパクチーなどの栽培をしている農家、香月菜園。久留米市は5年連続の浸水被害となった地域で、香月菜園も今年、ビニールハウス82棟中76棟が水没するという、深刻な被害を受けました。
「香月菜園」は、パクチーの栽培をするビニールハウスがいくつも並び、米や大豆、葉野菜などを広大な圃場で育てています。圃場の南に筑後川、西に支流の陣屋川が流れるロケーションの中で、代表の香月勝昭さんにお話を伺いました。
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総面積で11.5ヘクタールくらいあります。そのうちビニールハウスが3ヘクタール、大体東京ドーム2個分位です。8月の豪雨ですが、8月12日くらいから雨が降り出して、13日までは筑後川の本流、支流、ギリギリ大丈夫だったんですが、14日にまとめて降ってしまって筑後川の本流から逆流を防ぐために水門が閉められました。そうすると支流の上流から流れてきたものが溢れてくることになって、内水氾濫が起きるんですね。それによって農場が水没。およそ9割が水の底に沈んでしまった状況ですね。
―――いま私たちがいるところはどのぐらいまで水が浸かったんですか?
大体膝上くらいまで。生育中のパクチーがそれこそ海藻みたいな感じでゆらゆら揺れている状態で、そうなってしまうとパクチーもそうなんですけど、葉物野菜、軟弱野菜と言われるものは一度でも水に浸かってしまうと腐れてしまうんですよ。なので生育中、もしくは出荷目前のパクチーは全部水没でダメになってしまいました。正直この地域では4年連続。私の場合は浸かりやすい土地にあるので5年連続の水害ということになって、5年間のうちに(年2回浸水した年もあったので)6回内水氾濫が起きているんです。私も農業を始めて20年弱ですが、これだけの規模のものが連続で来ることは今まで無かったです。
―――5年で6回ということは、行政は何か対策をしていたんでしょうか?
とくに根本的な治水対策となってくると本流の浚せつ・・・雨の時に土砂が本流に流れて緩いところに堆積します。例えば1度の水害ごとに1メートル堆積したものを浚せつ、掘り取るんですね。そして川の断面積を広げることで水を流すことをやらなきゃいけないんですけど、筑後川は第一級河川なので国土交通相の管轄なんですね。そうなってくると国の事業になってくるので中長期的、5年、10年、20年という規模になってくる。地方自治のレベルではなく、山はなかなか動かない。もちろん県や市、地方行政からは、浸水してしまった農業機械、トラクターなどの修理代として補助金はいただいて。あとは支流だと管轄が県や市に変わってくるんです。そこに流れてきた土砂を取ってもらったり。今年は移動ポンプ車を国と県、市が連携して購入して内水氾濫が起きやすいところに走っていて移動しながら、ポンプで水を本流のほうに逃すということもやって頂いたんですけれども、まだそれでも被害がどうしても出てしまう。想定している以上に雨が降っちゃっているので、一歩及んでないのが現状なんです。
(筑後川)
(支流の陣屋川)
心が折れますよ。いつまで我慢しなきゃいけないんだという気持ちは正直あるんです。ただ農家ってその土地を離れて農業はまず無理なんですよね。地域密着型産業なんです。もちろん農地を守るという大義名分もあるかもしれないですけど、私たちはこの地域で生きていく覚悟をした人間なんです。もちろんこの土地に愛着もあるんですけれども、もともと農地というのは肥沃なところにある。逆に水害や洪水でしっかり良い土砂が堆積して、水害を受けることで連作障害でできなかったものをリセットする意味合いももちろんあるので、その中でどうしても水とは切っても切れない大事なもの。いつもは恵みをもたらしてくれるんですよ。だからたまに牙を剥かれたからといってこの土地を離れるという選択肢はまずないんです。
小さな頃からこの土地で育ってきて、肥沃な土地だけあっていろんな作物が作れるんです。葉野菜もあるし、果菜類といったものもすごくきれいにできるんですよ。いろんなものが作れる。その中で、例えばこうやって例年水が溢れてくるのであれば水に浸かっても大丈夫な作物を選定したり、同じような地域でも被害を免れている土地があるんですけど、そういうところに増設をして野菜を作るとか、自分でもできる対策はこれからもやっていくつもりです。
―――他にも収穫のめどが立っているものありますか?
お米がまず収穫の時期を迎えたら、そこに白菜、そして大豆、生き残ってくれたパクチーがこれから。水害の後も播種したパクチーは10月中旬ぐらいから出始めます。今からの時期だとこの地域ではレタス。玉レタス、サニーレタス、グリーンリーフ、ロメインレタスといろんなレタスがあるんです。そういうのが10月11月くらいから出荷が始まるでしょうし、1年間を通して小松菜や水菜、実はラディッシュもこの産地が日本一なんです。そういうものが今からずっと葉野菜を中心にバッと出ていきますので、うちでいうと生で食べられるケール、サラダケールというのがあるんです。そういうものがこれからどんどん出ていて、何とか被害を受けた土地でもしっかり年を越せるように、この地域の1つの産業として立ち直らなきゃいかんと言うところがいま思っているところです。地域全体がそういう風に思っているのでもしよかったら福岡県産のお野菜を見かけたら、特に「JAみい」のサプライは手に取ってもらえればと思います。
30年に一度の水害は、農業を営む方にとって「想定内」のもの。それがいま毎年起きるものになっている。香月さんは「ならば1年に一度の水害を想定内にする」と言ったことも話していました。水害とも共存していかなければいけないということ。ただインフラ含めすべてが想定内になるには、10年、20年かかるとも。そして農作物の被害や人件費は、かなりの部分が自己負担。一度の水害で1000万程度の被害が出るそうで、融資で資金調達していますが、結局、借金が積み重なっている状態だとも話していました。
そんな状況の中でも、なぜか暗い表情がない香月さん。むしろ新しいことを前向きに考えているのが伝わってきます。それもそのはず、なぜなら香月菜園は、「日本一のパクチー農家」だからです。
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じつは私、生産量日本一を取ったことがあるんです。福岡県産「食べてみい」のパッケージのやつは十中八九、私のです。もともと15年前はパクチー自体認識が少なかったんです。その頃はハーブとしてコリアンダー、中国野菜のシャンツァイと言われてました。それが7年くらい前、パクチーブームが来ましたよね。その時に日の目を浴びることになったんです。
―――先見の明があったんですね。
いやじつはこれ、先代の私の父親が見つけてきて、どこの番組か忘れたんですがテレビでコリアンダーと言わずに「パクチー」と言ってて、調べてみたら産地がない。その頃はハーブ農家さんがたくさん育てているもののひとつとして、コリアンダーを出していた。“これ産地にしたら面白いよな〜”ということで、ある日いきなり親父が「パクチー作るぞ」と言いだして。そこから始まって、それで日本一に。いわゆるニッチ産業だったんです。でも産地として認識して単価さえ取れれば細々とでも農業として成立するよねと言ってやっていたら、一気にブームが来て、足りない足りない、作れ作れと。5年くらいの間ですかね。その間にうちの農場が倍になり、売り上げも倍になり。
じつはパクチーが苦手な万里恵さんですが、香月さんに勧められて畑のパクチーを千切って食べてみたところ、えぐみがなくフレッシュで香ばしいパクチーに感動、苦手意識はどこかへ飛んで行ったのだそうです。パクチー大好きなスタッフ一同も頂きましたが、酒で言えば大吟醸のような淡麗で香り高いパクチーは感動の一語でした。
8月の豪雨で、「香月菜園」を含む「JAみい」管内では、水稲や大豆で約210ヘクタール、園芸作物で約100ヘクタールの被害が判明しています。被害を免れたり、被災後に芽吹いた作物が、すでに市場に出始めています。ぜひスーパーなどで目にされましたら、手に取ってみてください。
ちなみに取材のあと、香月さんから頂きましたパクチーは、スタッフ各位、美味しく頂きました。料理の参考にしてください。
たらの南蛮パクチー添え
カツオのたたきパクチー添え
パクチーの根っこの天ぷら
パクチーにゅう麺 ※塩ラーメンもおすすめです。
パクチーとキノコのサラダ
四川麻婆豆腐パクチー添え
パクチー納豆
ちなみに香月さんは、「卵とじにしてマヨネーズで」、「水菜の代わりにお鍋に」、「根っこも刻んでチャーハンに入れたり天ぷらも美味しい」とお話しされていました。
来週の「Hand in Hand」は、「福島の鮮魚を世界へふたたび」。今年6月に福島県沖で水揚げされた魚がタイへ輸出。これは一般向けとしては震災後初です。課題を解決しながら歩んできた福島の漁業の現状と魅力をお伝えします。