佐賀県武雄市、豪雨被害からの再開を目指す、ある食堂の歩み
全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。今回のテーマは、
「佐賀県武雄市、豪雨被害からの再開を目指す、ある食堂の歩み」
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九州、中国地方など西日本をはじめ広い範囲を襲った8月の豪雨災害。被害を受けた地域では、復旧作業も進められていますが、まだ元の生活に戻れていない方もおり、地域で飲食店などをされていた方の中には、営業再開に、まだ時間がかかるケースも多く、そしてなにより「何十年に一度」と言われた豪雨災害が、ここ数年、頻繁に続いたことで、精神的な疲れを訴える声もかなり多いといいます。
そんな中、番組では9月に、豪雨被害を受けた地域の一つ佐賀県武雄市を取材。武雄市北方町にある「食事処かみや」というお店を訪れました。武雄市は一昨年も大雨による浸水被害を受けた地域で、「食事処かみや」も、一昨年の被害からようやく立ち直ったばかりでした。
「食事処かみや」は、この北方町で1964年からご商売をされているお店。ずっと地域に愛されてきた食堂です。こちらのお店、2019年の豪雨でも被害を受け、浸水で店内が泥にまみれ、冷蔵庫や調理器具も水に浸かり、さらに名物メニューのカツ丼の「秘伝のタレ」も被害を受けてしまいました。
しかし店主の小路丸貴之さんは、親子三代ひきついだ秘伝のタレを作り直し、3か月かけて店を直して営業を再開。しかし今年、30年に一度と言われた大雨は、またも北方町を襲い、営業再開まもない「食事処かみや」も、再び浸水被害を受けてしまいました。
その被害から1か月半。お店のご主人・小路丸(しょうじまる)貴之さんに伺いました。
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―――いま店内の様子を見ると床の上はすごくきれいになっていますが、ものが少ない状態。復旧作業の真っ最中といったところなんでしょうか。
そうですね。自分でできる復旧作業はほぼ床を洗ってとか壁を拭いてとか、それは3回ぐらいしましたね。あと業者さん待ち。冷蔵庫がすぐに入ってこない状況で、新型コロナで部品が入ってこない。なのでちょっと待ちの状態ですね。
―――お店からは川も見えないし池も目では確認できないんですが、ここは場所としてはどういう位置なんですか?
200メートルくらい南側に六角川が走っています。そして目の前にあるのが堤防、そこが溜め池になっています。北方町は結局、六角川がど真ん中を走っているので、そこが要になるんですよね。結局、水門をしめる、ポンプを止める、という指示が国交省からあって、「下流域を守るために止めろ」と。そしたらこっちは山水とか雨の水が溜まった所を吐き出すところがなくなって、それから一気にですよね。
―――内水氾濫。その時はどちらにいらっしゃったんですか?
私は13日の夕方にお店の片付けをして、あげられるものは高いところにあげて、300メートルくらい離れた実家にいたんですが、14日の深夜2時とかそれぐらいに家の前が膝ぐらいまで浸かった状態だったので、お店の確認にも来たかったんですけど、夜中だし確実に浸かっているのが分かったので。仕方ないという気持ちですよね。どうしようもないので。一昨年のイメージがまだ鮮明に残っているので。まったく同じ状況というか、前回より40センチ高くなっているというのがあったんで。
―――いまいる場所でいうとどのあたりまで水につかってしまったんですか?
首下ですね。だから150センチ。自宅で110センチでした。
―――この地域は昔から水害はあった地域なんですか?
ちょっと大雨が降ったら床下浸水するところはあったんですよ。でもここら辺はそこまで影響はなく、だから一般的に言われているのは、30年前に1度大水があって、それより10年前、今から40年前に一度浸かったんですが、そのぐらいの確率。だから今回も「まさかね」って。なんか知らんけどやっぱりまだ2年しか経っていないという思いがあったんで、六角川も深く掘ったという話を聞いてはいたので、そこまでひどくないだろうと。家の前に水が溜まるまでそう思っていましたね。
避難行動は、私は垂直避難で、2階にずっと避難していたんですけど。一昨年に30年ぶりの豪雨災害があって、地域の人の間では「また30年後に来るよ」ってそのレベル。それが2年後に来てしまったので、今回はやっぱり皆さん、来年も来るかもしれない、じゃあどうしようかと言う話をされていますね。もう畳は入れないとか。一階は安い材料を使って修復するとか。基礎を上げたりとかにちょこっと補助が出たりというのが最近決まったんですけど、民家でもそのあいだ住むところを探さなければいけない。飲食店だとその間は営業ができない。お金が入ってこない。だから上げるための費用を出してくれるのはいいけど、コロナと一緒で生活費も同じようにもらわないとどうにもできないんですよね。
―――今年の8月の豪雨の後に、リスクが高いと言われる場所に国が補助金を出して集団移転の後押しをするみたいな方針が示されたんですが、自分の住んでいる所や事業をされているところは愛着がある方がほとんどじゃないかと思うんです。
河川の改修工事も始まると思うんですが、それも完成が10年計画か20年計画か。それだとまた来年もこういうことになる可能性があるので、私は最初からどうしようかという気持ちは一切なかったんですよ。また掃除しなきゃいけない、それだけ。営業をどうしようかとか、どこかに移転しようかとは一切考えていなくて、他の方から「どうする?店を開けたほうがよくない?よそに行ったほうがよくない?」と言われますが、そんな簡単な話でもなく、私はやり直す考えしかないので。よく前向きでいられるねと言われますが、だってやらないと食べていけないので。ただ何ヶ月か休んでまたきれいにすれば良いだけの話で。でも片付けの初日は誰にも電話もしてないのにいろんな人が手伝いに来てくれて。その人たちのおかげですよね。2年前に手伝いに来てくれた方がまた今年も数日間、自分たちの判断で来て下さるので。だから1人でしなければいけないとなったらもう無理な話なので。
お店を移転して商売をするという選択肢はないのか・・・と、第三者なら考えてしまうところですが、地元に根付いた飲食店を「ほかの場所でやる」というのは、いろんな事情が絡む問題。実際には、なかなか考えにくいということでした。
いま11月の再開に向けて復旧作業を続けている小路丸さん、営業再開への想いも伺いました。
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できれば11月上旬くらいに再開をしたいと思っています。機材が入っていろんな備品が入って、それから仕込みをしなければいけない。カツ丼のダシはすぐできるわけではないので。煮詰めて寝かしてを続けなければいけない。
―――秘伝のタレだったんですよね?
何かそういうふうに言われていますけど(笑)。その秘伝のタレもずっと深みが出ていたでしょうけど、一昨年に全部流されて、そこからまた新たな秘伝のタレをつくりますって言って、2年目にしてまた流されて、またゼロから。でも味は変わらないところまで持っていきますので、そこら辺は安心して来ていただければと。
―――カツ丼の特徴を教えて頂けますか?
特徴というか私はそのカツ丼で育っていますので。よそに行ってカツ丼を頼んでも物足りないんですよ。たぶん日本で数軒しかないくらい濃ゆいんです。濃いめの甘め。うなぎのタレのサラサラバージョンみたいなもの。それが揚げたてのカツと合わさったらまた味が変わるんですよね。卵もトロトロ。2年前の時は、とにかくオープンしたらお客さんがものすごくて、もしこれが閑古鳥が鳴いていたらわからないですよ。これを機に・・・と思うかもしれませんが、開ければお客さんが来て下さるし、災害のたびに人のありがたさがわかる。そういう機会だと思ってはいます。だから皆さんへの恩返しがそれぐらいしかできないので、何とか頑張って作って行けたらと思います。
これが濃い目の甘めに仕上げられて、とろとろの卵がカツの上に乗る、「かみや」のカツ丼です。美味しそうですね〜。ぜひ味わってみたかったです。11月上旬に再開ということですから、チャンスを見つけて足を運びたいものです。ちなみに「ちゃんぽん」と「オムライス」も負けず劣らずの人気なのだそうです。
「食事処かみや」
小路丸さんによると、8月の豪雨のときは、「テレビの音量を大きくしても聞こえないくらいの雨音だった」。そして「町内放送は反響してよく聞こえなかった」のだそうです。避難の呼びかけ、そしてそもそも内水氾濫を防ぐ排水の方法など、地域の課題も感じた小路丸さんのお話しでした。
来週の「Hand in Hand」は、佐賀県・武雄市からのリポートの後編。浸水被害を受けた住宅に、お弁当を届けるなどのボランティア活動をしている、「千年夜市」という団体の取り組みをお伝えします。来週もぜひ聴いてください。