- 2017.01.08
水中写真 中村征夫さんインタビュー4
水中写真家・中村征夫さんのインタビュー、年末からお届けしてきましたが、今週でラストとなります。
中村さんが、去年発表した写真集『遙かなるグルクン』。40年にわたり、沖縄に通い、地元でグルクンと呼ばれる魚と、それを獲る漁師…海人の生活をカラーではなくあえてモノクロの写真に収めてきた一冊です。
カラーだと、沖縄の青い海と空。鮮やかな風景に どうしても目を奪われるので、うみんちゅたちの営みを伝える方法として、モノクロを選んだという中村さん。それは、そこまでして伝えたいコトがあるからなんです。

沖縄の方たちに最も愛されている魚っていうのがタカサゴっていう魚で、方言でグルクンって言われるんです。グルクンは海の中では青い姿で群れで泳ぎます。一部黄色い線が入ってるけど、とっても美しい色なんです。これは沖縄の海のように美しいということで、沖縄が1972年に本土に復帰になると同時にグルクンも沖縄の県の魚に認定されるんですよ。
グルクンというのはとにかく刺身よし、煮てもよし、唐揚げもよしで、一番沖縄の人に愛されていて食されている魚なんですね。それを取る漁が追い込み漁という伝統漁法で、明治時代から沖縄の糸満が発祥の地で、そこで編み出された漁なんです。この漁は多くの人を必要とした。みんな潜って網を貼らなくちゃいけないから。巻き網船とか底引きで取ればいいじゃないかって思ったら大間違いで、グルクンはサンゴ礁に沿って一緒に群れで泳ぐので網が全部引っかかって網が破けちゃう。そこからみんな魚が逃げちゃうので、まず群れを見つけて飛び込んで、自分らで網を張るしかないんです。
グルクンのいるところっていうのは結構流れが早いです。魚はそういうところを好むんです。と同時にサメも来るわけですよ。だから非常に危険な海域なんですね。そこに30m、40mも素潜りで潜って漁をやってるわけですよ。それがアギヤーっていうんだけども、アギンするっていうんですよ。魚を上に追い上げることをアギンって言うんですね。それでアギンってことを何回も言っていくうちにアギヤーってなったんじゃないかと思います。だからアギヤー漁っていうのは沖縄の糸満が発祥の地で、一つの船団が5、60人もの人手が必要だったんです。それで色んな島々に受け継がれていくんですね。今は宮古島の隣の伊良部島にわずか10人切っちゃいましたけど、細々とやってる船団が残ってるだけなんです。
やがて数年後には消えちゃう運命にもあるということで、今すぐこのグルクンをアギヤーの漁師たちのドラマをまとめて写真集に出さないと、若者が何人でもいいから後継者となってくれればいいなという思いも込めて出した本なんですね。でないと、もうグルクンが食べられなくなっちゃう。
実はアギヤーは糸満から編み出された漁だけども、グルクンだけじゃなくていろんな魚も追い込んで全部取っちゃうんですよ。それで糸満では漁ができなくなってしまった。それで母船に十艘くらいのサバニを積んでシンガポールだとか、東南アジア方面に漁に行ったんです。そこで糸満という名前が世界に知れ渡っていくんです。すごい漁師の集団がいるぜってことで。
〜中村さんが初めてその漁を見た時ってどんな印象を受けられたんですか?
まず4、50人でドーッと沖へ行く。そしてパパッと数人飛び込むのね。そして永遠と泳いで魚群を探すんですよ。この潮の流れの早いところを潮に逆らってよく泳ぐなと思いました。裸足ですよ。そして、ミーカガンと呼ばれる木彫りのメガネをつけて永遠と泳いでるんですよ。シュノーケルもなく息を吸いながらまた顔を付けて。
そして魚を見つけてパッと手を上げると組合長と漁労長がダーッと舟を走らせてあっという間に潮の流れを計算して、網を張る。海底のサンゴ礁がどうなってるかっていうのはもう100~1000くらいの数のポイント全部わかってるらしいです。地形まで。だからこの潮だったら、今日は旧暦の何月何日だから潮はこう向くとか全部わかってるんです。だから今の時間を計算して、風も計算して、潮を切るように袋網を張っちゃうのね。その為にみんな潜ります。サンゴとか岩に底の方を縛るわけですよ。簡単にほどけるように縛っちゃう。それで袋網が潮を受けて弧を描くわけですよ。そうすると今度そこに魚を導く袖網っていうのをサンゴ礁に一枚。沖合の方に一枚。要するに扇を広げた格好、扇の付け根のところに袋網があります。数百メートルにも渡って張るわけです。連結して。それで昔は何キロも沖合からみんなもぐって追い込んできたの。袖網に。それで潜ったり上がったり潜ったり上がったりしながら追い込んできて、それで袋網にグルクンがドッと入ると袖網をパパッと外して袋網をすぐ結んで袋状にして上げていくんですよね。それが目にもとまらぬ速さでそれが美しいのなんの!それこそ子供も10歳くらいから鍛えられてきた海人たちなんですよ。貧しくて農家の子供はみんな売られてきてるんですよ。親元から離れて。そういう子供たちが今のグルクンを獲って沖縄の県民の方たちが喜んで食卓で食べてるってことはほとんどの人が知らない。
〜そういう歴史的背景の上にグルクンの漁があって、水産の歴史があってってことなんですね。
そうなるとカラーじゃないでしょ?やっぱり。
〜沖縄の海といえば、今も本当にいろんな問題があって、例えば辺野古の問題とかあると思いますが、そういうことについてはどう考えていますか?
辺野古も潜ってます僕は。海藻が南国特有のジュゴンが食べる海藻ですね。そういうものがいっぱい繁茂してますね。そして魚も結構多いですよ。だから沖で大きな魚がやってきて、辺野古の海辺りにやっぱり産卵場があるんですよね。そこに卵を産んで帰っていくわけでしょ。だからああいうところにそういう基地を創るっていうことはいかがなものかなってすごく思うんです。生態系がかなり破壊されてしまう。
海の環境っていうのは、生き物たちはヤワじゃないけども、と同時に元々自然に無かったものを持ち込むことによってあっという間に環境が悪化してしまう。そこで人間の暮らしぶりをちょっと抑えることによって一気によみがえるそういう世界でもあると思うのね。そういうものを様々なところでいろんなことを目にしてきたので、もっと自然界から、この生き物たちから学ぶべきことはたくさんあるのになと思って残念でならないですね。
中村征夫さんのお話いかがだったでしょうか。今回のお話はポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!
『遙かなるグルクン』

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Ob-La-Di,Ob-La-Da / Beatles
・海の声 / 桐谷健太
中村さんが、去年発表した写真集『遙かなるグルクン』。40年にわたり、沖縄に通い、地元でグルクンと呼ばれる魚と、それを獲る漁師…海人の生活をカラーではなくあえてモノクロの写真に収めてきた一冊です。
カラーだと、沖縄の青い海と空。鮮やかな風景に どうしても目を奪われるので、うみんちゅたちの営みを伝える方法として、モノクロを選んだという中村さん。それは、そこまでして伝えたいコトがあるからなんです。

沖縄の方たちに最も愛されている魚っていうのがタカサゴっていう魚で、方言でグルクンって言われるんです。グルクンは海の中では青い姿で群れで泳ぎます。一部黄色い線が入ってるけど、とっても美しい色なんです。これは沖縄の海のように美しいということで、沖縄が1972年に本土に復帰になると同時にグルクンも沖縄の県の魚に認定されるんですよ。
グルクンというのはとにかく刺身よし、煮てもよし、唐揚げもよしで、一番沖縄の人に愛されていて食されている魚なんですね。それを取る漁が追い込み漁という伝統漁法で、明治時代から沖縄の糸満が発祥の地で、そこで編み出された漁なんです。この漁は多くの人を必要とした。みんな潜って網を貼らなくちゃいけないから。巻き網船とか底引きで取ればいいじゃないかって思ったら大間違いで、グルクンはサンゴ礁に沿って一緒に群れで泳ぐので網が全部引っかかって網が破けちゃう。そこからみんな魚が逃げちゃうので、まず群れを見つけて飛び込んで、自分らで網を張るしかないんです。
グルクンのいるところっていうのは結構流れが早いです。魚はそういうところを好むんです。と同時にサメも来るわけですよ。だから非常に危険な海域なんですね。そこに30m、40mも素潜りで潜って漁をやってるわけですよ。それがアギヤーっていうんだけども、アギンするっていうんですよ。魚を上に追い上げることをアギンって言うんですね。それでアギンってことを何回も言っていくうちにアギヤーってなったんじゃないかと思います。だからアギヤー漁っていうのは沖縄の糸満が発祥の地で、一つの船団が5、60人もの人手が必要だったんです。それで色んな島々に受け継がれていくんですね。今は宮古島の隣の伊良部島にわずか10人切っちゃいましたけど、細々とやってる船団が残ってるだけなんです。
やがて数年後には消えちゃう運命にもあるということで、今すぐこのグルクンをアギヤーの漁師たちのドラマをまとめて写真集に出さないと、若者が何人でもいいから後継者となってくれればいいなという思いも込めて出した本なんですね。でないと、もうグルクンが食べられなくなっちゃう。
実はアギヤーは糸満から編み出された漁だけども、グルクンだけじゃなくていろんな魚も追い込んで全部取っちゃうんですよ。それで糸満では漁ができなくなってしまった。それで母船に十艘くらいのサバニを積んでシンガポールだとか、東南アジア方面に漁に行ったんです。そこで糸満という名前が世界に知れ渡っていくんです。すごい漁師の集団がいるぜってことで。
〜中村さんが初めてその漁を見た時ってどんな印象を受けられたんですか?
まず4、50人でドーッと沖へ行く。そしてパパッと数人飛び込むのね。そして永遠と泳いで魚群を探すんですよ。この潮の流れの早いところを潮に逆らってよく泳ぐなと思いました。裸足ですよ。そして、ミーカガンと呼ばれる木彫りのメガネをつけて永遠と泳いでるんですよ。シュノーケルもなく息を吸いながらまた顔を付けて。
そして魚を見つけてパッと手を上げると組合長と漁労長がダーッと舟を走らせてあっという間に潮の流れを計算して、網を張る。海底のサンゴ礁がどうなってるかっていうのはもう100~1000くらいの数のポイント全部わかってるらしいです。地形まで。だからこの潮だったら、今日は旧暦の何月何日だから潮はこう向くとか全部わかってるんです。だから今の時間を計算して、風も計算して、潮を切るように袋網を張っちゃうのね。その為にみんな潜ります。サンゴとか岩に底の方を縛るわけですよ。簡単にほどけるように縛っちゃう。それで袋網が潮を受けて弧を描くわけですよ。そうすると今度そこに魚を導く袖網っていうのをサンゴ礁に一枚。沖合の方に一枚。要するに扇を広げた格好、扇の付け根のところに袋網があります。数百メートルにも渡って張るわけです。連結して。それで昔は何キロも沖合からみんなもぐって追い込んできたの。袖網に。それで潜ったり上がったり潜ったり上がったりしながら追い込んできて、それで袋網にグルクンがドッと入ると袖網をパパッと外して袋網をすぐ結んで袋状にして上げていくんですよね。それが目にもとまらぬ速さでそれが美しいのなんの!それこそ子供も10歳くらいから鍛えられてきた海人たちなんですよ。貧しくて農家の子供はみんな売られてきてるんですよ。親元から離れて。そういう子供たちが今のグルクンを獲って沖縄の県民の方たちが喜んで食卓で食べてるってことはほとんどの人が知らない。
〜そういう歴史的背景の上にグルクンの漁があって、水産の歴史があってってことなんですね。
そうなるとカラーじゃないでしょ?やっぱり。
〜沖縄の海といえば、今も本当にいろんな問題があって、例えば辺野古の問題とかあると思いますが、そういうことについてはどう考えていますか?
辺野古も潜ってます僕は。海藻が南国特有のジュゴンが食べる海藻ですね。そういうものがいっぱい繁茂してますね。そして魚も結構多いですよ。だから沖で大きな魚がやってきて、辺野古の海辺りにやっぱり産卵場があるんですよね。そこに卵を産んで帰っていくわけでしょ。だからああいうところにそういう基地を創るっていうことはいかがなものかなってすごく思うんです。生態系がかなり破壊されてしまう。
海の環境っていうのは、生き物たちはヤワじゃないけども、と同時に元々自然に無かったものを持ち込むことによってあっという間に環境が悪化してしまう。そこで人間の暮らしぶりをちょっと抑えることによって一気によみがえるそういう世界でもあると思うのね。そういうものを様々なところでいろんなことを目にしてきたので、もっと自然界から、この生き物たちから学ぶべきことはたくさんあるのになと思って残念でならないですね。
中村征夫さんのお話いかがだったでしょうか。今回のお話はポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!
『遙かなるグルクン』

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Ob-La-Di,Ob-La-Da / Beatles
・海の声 / 桐谷健太