- 2015.11.29
「津波防災シンポジウム2015」 1
今回は「津波防災シンポジウム2015」の模様をお届けします。
TOKYOFMホールを会場に行われたこのシンポジウムでは、 宮城県・岩沼市長はじめ、防災・減災の各専門家、植物の研究者などが、 津波防災と、森づくりについてそれぞれの視点で講演を行いました。
その中から、東北大学・災害科学国際研究所 所長で、 津波工学が専門の東北大学 今村文彦さんによる講演の一部をお伝えします。
今村さんは、津波の被害を減らす、岩沼市「千年希望の丘」の森づくりを例に、 防災・減災の考え方についてお話しされました。
◆東北大学 今村文彦さん
元々この地域は1611年、ちょうど伊達政宗が仙台の街をつくったころですが、東日本大震災と同じような大津波の被害を受けました。それによって政宗はここに住まないように、防潮林を整備し、できるだけ沿岸部に近づかないようにという規制をしていたそうです。この防潮林は、それからずっと保全してたわけですが、今回の津波は1611年の津波を遥かに上回り、防潮林の7割以上を破壊しました。
確かに松は20~30mになりますが、実は支持している根が、場合によっては浅いことがある。つまり、低いところは地下水が近いので根が張らないわけです。これは改めてこの現場で知ったことでした。いまも仙台空港には残っていて、何本か木もありますし、神社もあります。
昔の集落というのは、このようなところに「いぐね」を植生し、高潮、風、津波から街を守っていたんだろうと思います。しかし、津波はこのような防御を遥かに超えて、滑走路に到達した時、またその破壊力を増しました。でこぼこがありますと、いろんな形で津波をとめてくれ、勢いも弱まります。しかし、平らですとまた加速度を増してしまいます。この津波は、土砂、泥を巻き上げ、黒い濁流となって街を襲ったわけですが、助かった方のなかにもこの津波を飲み込んで、「津波肺」を起こしてしまった方がいます。泥の中には有害物質もありますので、それで肺が炎症を起こしてしまったということです。津波から命を守るためには、もちろん高いところに避難するのが第一ですが、流されてしまったとしても諦めてはいけません。漂流すれば命は助かるわけですから。そのときにこの「死の水」を飲まない。そういうことも大切です。
この震災を受けて、我々が改めて大切だと思うのは、いのちを守ることです。それは安全な場所を確認することと、いつ避難するか、タイミングになります。言い換えるならば、津波の到達時間を少しでも遅らせてくれれば、我々が命を守るチャンスが増えるということです。そこに千年希望の丘があれば、津波の流体力を軽減し、また時間を遅らせることができます。様々な効果を色んなプランで、いろんな状況で検討していきたいと思います。
今村さんは、まず、森があることで、漂流物を食い止めることができて、森の間を海水が通ると津波の勢いが減る。結果として、その背後にある建物が守られる。木に登って助かるケースもある、ということもおっしゃっていました。実際、2004年インド洋津波でも、 マングローブやココナッツの林があった地域は、 津波の被害が、ほかと比較して少なかったという実例も紹介していました。
そしてシンポジウムでは、「千年 希望の丘」プロジェクトを推し進める 宮城県岩沼市・菊地啓夫市長も登壇しました。
◆菊地啓夫 岩沼市長
千年希望の丘ということで、いざというときにここに逃げ込むという丘を、10km圏に15個造る計画です。丘と丘を結ぶ沿道に木を植え、いまは沿道の高さが3mですが、この木が伸びることによって、10mくらいまでになります。いまは2mくらいまで伸びているのですが、これが将来丘の高さくらいまで木が伸びると、堤防と同じ機能を果たす。つまり、減衰効果を働かせようということで「千年希望の丘プロジェクト」がはじまりました。
岩沼は仙台市の南側約16kmにあり、仙台空港があります。仙台空港が津波に飲まれるところが世界中に配信されたので、そういう意味では岩沼は有名になったんですが、一方では危険な場所というイメージもできてしまいました。それを払拭しようということも千年希望の丘の狙いのひとつです。
ここに住んではだめだというお話がありましたが、実際この辺には100世帯以上の集落がありました。それが今回の津波でほとんど流されてしまって、181人が亡くなりました。この状態からどのように復興していくかということを、地域の皆さんと話し合いをして、一ヶ所にみんなで集団移転しようということになりまして、玉浦西という名称で、ここに新しい街ができております。田んぼの中に四角く、約20haありますが、ここに約1000人が住んでいらっしゃいます。これで住む場所としては、岩沼の場合はほぼ完成です。これほどの大規模な集団移転は、日本には例がないそうですが、そして1ヶ所に集まったということもまた岩沼の特徴です。
ところが守りの部分は全然できていません。太平洋側からまた同じような津波が来たら、またここも同じように浸水域です。50cm~1mくらいの浸水がありました。そこで、多重防護ということで、海岸防潮堤をいちばん最初につくっていただいて、その後ろに千年希望の丘という、我々がいまつくっている減衰効果を期待してつくっているものがあります。さきほど今村先生がおっしゃったように避難の時間を稼ぐためのものです。これで津波をシャットアウトできるとは決して思っていません。しかし、逃げる時間くらいは稼げるだろうと思うのです。これをいまから2年かけて10kmまで全部完成させようと考えています。まだ50パーセントですが、来年は最大級の植樹祭をします。ぜひ成功させたいということで、森の防潮堤協会のみなさんと森の長城プロジェクトのみなさんを中心に、これから活動していく予定です。
今回のお話いかがだったでしょうか。来年の岩沼の植樹祭については、岩沼市や森の長城プロジェクトのサイトをご覧ください。
岩沼市→http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/
森の長城プロジェクト→http://www.greatforestwall.com/iwanuma2016.html
TOKYOFMホールを会場に行われたこのシンポジウムでは、 宮城県・岩沼市長はじめ、防災・減災の各専門家、植物の研究者などが、 津波防災と、森づくりについてそれぞれの視点で講演を行いました。
その中から、東北大学・災害科学国際研究所 所長で、 津波工学が専門の東北大学 今村文彦さんによる講演の一部をお伝えします。
今村さんは、津波の被害を減らす、岩沼市「千年希望の丘」の森づくりを例に、 防災・減災の考え方についてお話しされました。
◆東北大学 今村文彦さん
元々この地域は1611年、ちょうど伊達政宗が仙台の街をつくったころですが、東日本大震災と同じような大津波の被害を受けました。それによって政宗はここに住まないように、防潮林を整備し、できるだけ沿岸部に近づかないようにという規制をしていたそうです。この防潮林は、それからずっと保全してたわけですが、今回の津波は1611年の津波を遥かに上回り、防潮林の7割以上を破壊しました。
確かに松は20~30mになりますが、実は支持している根が、場合によっては浅いことがある。つまり、低いところは地下水が近いので根が張らないわけです。これは改めてこの現場で知ったことでした。いまも仙台空港には残っていて、何本か木もありますし、神社もあります。
昔の集落というのは、このようなところに「いぐね」を植生し、高潮、風、津波から街を守っていたんだろうと思います。しかし、津波はこのような防御を遥かに超えて、滑走路に到達した時、またその破壊力を増しました。でこぼこがありますと、いろんな形で津波をとめてくれ、勢いも弱まります。しかし、平らですとまた加速度を増してしまいます。この津波は、土砂、泥を巻き上げ、黒い濁流となって街を襲ったわけですが、助かった方のなかにもこの津波を飲み込んで、「津波肺」を起こしてしまった方がいます。泥の中には有害物質もありますので、それで肺が炎症を起こしてしまったということです。津波から命を守るためには、もちろん高いところに避難するのが第一ですが、流されてしまったとしても諦めてはいけません。漂流すれば命は助かるわけですから。そのときにこの「死の水」を飲まない。そういうことも大切です。
この震災を受けて、我々が改めて大切だと思うのは、いのちを守ることです。それは安全な場所を確認することと、いつ避難するか、タイミングになります。言い換えるならば、津波の到達時間を少しでも遅らせてくれれば、我々が命を守るチャンスが増えるということです。そこに千年希望の丘があれば、津波の流体力を軽減し、また時間を遅らせることができます。様々な効果を色んなプランで、いろんな状況で検討していきたいと思います。
今村さんは、まず、森があることで、漂流物を食い止めることができて、森の間を海水が通ると津波の勢いが減る。結果として、その背後にある建物が守られる。木に登って助かるケースもある、ということもおっしゃっていました。実際、2004年インド洋津波でも、 マングローブやココナッツの林があった地域は、 津波の被害が、ほかと比較して少なかったという実例も紹介していました。
そしてシンポジウムでは、「千年 希望の丘」プロジェクトを推し進める 宮城県岩沼市・菊地啓夫市長も登壇しました。
◆菊地啓夫 岩沼市長
千年希望の丘ということで、いざというときにここに逃げ込むという丘を、10km圏に15個造る計画です。丘と丘を結ぶ沿道に木を植え、いまは沿道の高さが3mですが、この木が伸びることによって、10mくらいまでになります。いまは2mくらいまで伸びているのですが、これが将来丘の高さくらいまで木が伸びると、堤防と同じ機能を果たす。つまり、減衰効果を働かせようということで「千年希望の丘プロジェクト」がはじまりました。
岩沼は仙台市の南側約16kmにあり、仙台空港があります。仙台空港が津波に飲まれるところが世界中に配信されたので、そういう意味では岩沼は有名になったんですが、一方では危険な場所というイメージもできてしまいました。それを払拭しようということも千年希望の丘の狙いのひとつです。
ここに住んではだめだというお話がありましたが、実際この辺には100世帯以上の集落がありました。それが今回の津波でほとんど流されてしまって、181人が亡くなりました。この状態からどのように復興していくかということを、地域の皆さんと話し合いをして、一ヶ所にみんなで集団移転しようということになりまして、玉浦西という名称で、ここに新しい街ができております。田んぼの中に四角く、約20haありますが、ここに約1000人が住んでいらっしゃいます。これで住む場所としては、岩沼の場合はほぼ完成です。これほどの大規模な集団移転は、日本には例がないそうですが、そして1ヶ所に集まったということもまた岩沼の特徴です。
ところが守りの部分は全然できていません。太平洋側からまた同じような津波が来たら、またここも同じように浸水域です。50cm~1mくらいの浸水がありました。そこで、多重防護ということで、海岸防潮堤をいちばん最初につくっていただいて、その後ろに千年希望の丘という、我々がいまつくっている減衰効果を期待してつくっているものがあります。さきほど今村先生がおっしゃったように避難の時間を稼ぐためのものです。これで津波をシャットアウトできるとは決して思っていません。しかし、逃げる時間くらいは稼げるだろうと思うのです。これをいまから2年かけて10kmまで全部完成させようと考えています。まだ50パーセントですが、来年は最大級の植樹祭をします。ぜひ成功させたいということで、森の防潮堤協会のみなさんと森の長城プロジェクトのみなさんを中心に、これから活動していく予定です。
今回のお話いかがだったでしょうか。来年の岩沼の植樹祭については、岩沼市や森の長城プロジェクトのサイトをご覧ください。
岩沼市→http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/
森の長城プロジェクト→http://www.greatforestwall.com/iwanuma2016.html