- 2015.10.25
縄文時代の人たちの道具だけを使う大工さんのお話し1
今回のいのちの森は、縄文時代の人たちの道具だけを使って、当時の「竪穴式住居」を、そっくりそのまま作っちゃおう!ということに挑戦している大工さん、雨宮国広さんをお招きしてお話しをうかがいます。

~雨宮さんは山梨県甲州市で大工をなさっているということですが、甲州市の辺りというのは、昔から腕がいい大工さんがたくさんいたんですか?
そうですね。山梨県は平らなところがない、農地が少ない場所で、子どもがたくさんいたら農業を継がせるのではなく、手に職を覚えさせるというところでした。それでいろいろな職人が生まれたと思うのですが、そのなかで大工さんになる人も多かったと思います。また、下山大工という大工の集団がある地域がありまして、そこは社寺建築なんかを中心にやっていた技術集団だったので、そういう面でいろんな日本建築の真髄を習得した大工さんの下でたくさんの大工さんが生まれていったのではないかなという、そういう背景はあるとおもいます。甲州市は人口は少ないんですが、大工さんはそこら中にいる感じですね。
~雨宮さんご自身も大工さんということで、やっぱり代々受け継がれてきたんですか?
私の父は工務店に勤めていた大工なんですが、私の家は農業です。小さい頃は、他の子どもは遊んでいるのに、おじいさんに畑仕事を手伝わされたという、嫌な思い出がありますが、でもいまでは農業を通していろんな幅広い考えが自分自身に身についたんじゃないかなと思って、感謝しています。
~そんななかで雨宮さんが他の大工さんとは大きく違うのが、道具ということなんですが、どんな道具を使っているんですか?
生活していくためには電動工具を使っていますが、自分が造りたいものに関しては、石斧を使ったり、鉄の道具を使ったりして、だんだん切り替えていってるんです。2008年ごろに、5年くらいかけて、6畳の小屋を手道具だけで造ったんですよ。電気とか動力を必要としない、人力と道具だけで造るということですね。それが転機でしたね。
普通は動力を使わないと大変だというイメージがあるんですが、でもやってみると、これがものすごく楽しい世界で、ストレスゼロだといことがわかります。やっぱりいまの流れいまどきの大工の仕事をやっていたときに感じていたことは、命をつなげるものづくりじゃないなといことです。自ら自分たちの命を縮めるものづくりを一生懸命しているんです。古い建物をみて、建物に込められた、人々の汗とその思いみたいなものを感じてくると、やっぱり人が生きるというのはどういうことなのかとか、家とはどういうものであるべきなのかとか、そういうことをだんだん感じて考えるようになってきましたよね。
~命をつなげるものではないというのは、どういうことですか?
現在の建築素材って人間の命を短くする有害物質がほとんどなんですよ。接着剤にしても、断熱材にしても、ありとあらゆるものです。人間が生み出していく新建材といわれているものは、絶対深呼吸できないものなんです。その素材を加工した時には粉塵が出ますが、現場の人たちは呼吸せざるを得ないですね。それでアスベストの問題など、いろんな害が出ています。でもそれがまかり通る時代なんですね。そういうところに対して声を上げたいし、いろんなかたちでこれからの家というものを考えていきたいなということを投げかけていきたいと思っています。
~雨宮さんが使っている道具は、時間はかかりますよね。
時間がかかるからいいんですよ。相手を知ることにいちばん何が必要だと思いますか?それは時間なんですね。みんな、わかったつもりにみんななっているんです。私も木のことは、ほんの一部しかまだわかってないですけれども、それもそのはずですよね。電話一本で山に生えていた木が角材になって手元に届くんですから。ましてや手の道具も使わないで加工されたものをただ組み立てるとか、そういう時代になっているなかにおいて、木ってなんだっていわれたときに、本質的なところを話ができる人はだんだんいなくなっていくと思うんですね。
でも山に入って斧を手にして木を切るときは、命をいただくところの精神的なところから入るわけじゃないですか。何百年生きた木に向かって斧を入れるというのは、本当に祈らなければいけないような心境になりますよね。そこで祈りがはじまって、そこから絶対にすべてを活かしていこうという気持ちの中で斧を入れる。やっぱりそういうものづくりが本当にいまなくなっちゃってる。それを復活させていきたいなと思いますね。
やっぱり相手を活かすということが全てに求められていると思うんですよ。自然の恵みを活かすということですね。それにはその特性、性質、性格を知らなければいかせない。知るには時間をかけて向き合うということなんですね。
このお話の続きは来週お届けします。どうぞお楽しみに!
【今週の番組内でのオンエア曲】
・Week End / 星野源
・All That's In The Universe / Def Tech

~雨宮さんは山梨県甲州市で大工をなさっているということですが、甲州市の辺りというのは、昔から腕がいい大工さんがたくさんいたんですか?
そうですね。山梨県は平らなところがない、農地が少ない場所で、子どもがたくさんいたら農業を継がせるのではなく、手に職を覚えさせるというところでした。それでいろいろな職人が生まれたと思うのですが、そのなかで大工さんになる人も多かったと思います。また、下山大工という大工の集団がある地域がありまして、そこは社寺建築なんかを中心にやっていた技術集団だったので、そういう面でいろんな日本建築の真髄を習得した大工さんの下でたくさんの大工さんが生まれていったのではないかなという、そういう背景はあるとおもいます。甲州市は人口は少ないんですが、大工さんはそこら中にいる感じですね。
~雨宮さんご自身も大工さんということで、やっぱり代々受け継がれてきたんですか?
私の父は工務店に勤めていた大工なんですが、私の家は農業です。小さい頃は、他の子どもは遊んでいるのに、おじいさんに畑仕事を手伝わされたという、嫌な思い出がありますが、でもいまでは農業を通していろんな幅広い考えが自分自身に身についたんじゃないかなと思って、感謝しています。
~そんななかで雨宮さんが他の大工さんとは大きく違うのが、道具ということなんですが、どんな道具を使っているんですか?
生活していくためには電動工具を使っていますが、自分が造りたいものに関しては、石斧を使ったり、鉄の道具を使ったりして、だんだん切り替えていってるんです。2008年ごろに、5年くらいかけて、6畳の小屋を手道具だけで造ったんですよ。電気とか動力を必要としない、人力と道具だけで造るということですね。それが転機でしたね。
普通は動力を使わないと大変だというイメージがあるんですが、でもやってみると、これがものすごく楽しい世界で、ストレスゼロだといことがわかります。やっぱりいまの流れいまどきの大工の仕事をやっていたときに感じていたことは、命をつなげるものづくりじゃないなといことです。自ら自分たちの命を縮めるものづくりを一生懸命しているんです。古い建物をみて、建物に込められた、人々の汗とその思いみたいなものを感じてくると、やっぱり人が生きるというのはどういうことなのかとか、家とはどういうものであるべきなのかとか、そういうことをだんだん感じて考えるようになってきましたよね。
~命をつなげるものではないというのは、どういうことですか?
現在の建築素材って人間の命を短くする有害物質がほとんどなんですよ。接着剤にしても、断熱材にしても、ありとあらゆるものです。人間が生み出していく新建材といわれているものは、絶対深呼吸できないものなんです。その素材を加工した時には粉塵が出ますが、現場の人たちは呼吸せざるを得ないですね。それでアスベストの問題など、いろんな害が出ています。でもそれがまかり通る時代なんですね。そういうところに対して声を上げたいし、いろんなかたちでこれからの家というものを考えていきたいなということを投げかけていきたいと思っています。
~雨宮さんが使っている道具は、時間はかかりますよね。
時間がかかるからいいんですよ。相手を知ることにいちばん何が必要だと思いますか?それは時間なんですね。みんな、わかったつもりにみんななっているんです。私も木のことは、ほんの一部しかまだわかってないですけれども、それもそのはずですよね。電話一本で山に生えていた木が角材になって手元に届くんですから。ましてや手の道具も使わないで加工されたものをただ組み立てるとか、そういう時代になっているなかにおいて、木ってなんだっていわれたときに、本質的なところを話ができる人はだんだんいなくなっていくと思うんですね。
でも山に入って斧を手にして木を切るときは、命をいただくところの精神的なところから入るわけじゃないですか。何百年生きた木に向かって斧を入れるというのは、本当に祈らなければいけないような心境になりますよね。そこで祈りがはじまって、そこから絶対にすべてを活かしていこうという気持ちの中で斧を入れる。やっぱりそういうものづくりが本当にいまなくなっちゃってる。それを復活させていきたいなと思いますね。
やっぱり相手を活かすということが全てに求められていると思うんですよ。自然の恵みを活かすということですね。それにはその特性、性質、性格を知らなければいかせない。知るには時間をかけて向き合うということなんですね。
このお話の続きは来週お届けします。どうぞお楽しみに!
【今週の番組内でのオンエア曲】
・Week End / 星野源
・All That's In The Universe / Def Tech