- 2014.06.29
狩猟女子ちはるさん1
今週は、森・自然の中で暮らし、そこで生まれる命と向き合いながら生きる道を選んだ、一人の若い女性にスポットを当ててお送りします。
ネットでも話題になったその方は、ちはるさん。
「狩猟女子」と呼ばれる彼女は、その名の通り猟師として、現在、福岡県で暮らしています。
きょうは、彼女がこういう生き方を選んだ理由、今のライフスタイルについてご本人のインタビューをお届けします。
ちはるさん。かわいらしい声の、普通の女の子・・・という印象です。現在28歳、新米猟師ちはるさんの、猟師としての暮らしとはどんなものなんでしょうか?

◆猟師としての暮らし
狩猟免許は2013年1月にとりました。いまは罠をメインでやっています。できるだけ身の丈にあった狩りがしたいと思っているので、罠も自分でつくり、山にかけにいける大きさのものを使っています。
”くくりわな”といって、足にワイヤーがかかって動物の身動きをとれなくするというものなんですが、周りで田んぼと畑をやっているのでそれを守る意味でも近辺の山にかけています。
うちで捕れるのはイノシシですね。山にイノシシがかかりそうな場所に狙いを定めて罠をかけるんです。イノシシは警戒心が強いので簡単には捕まりません。鼻先で匂いを嗅ぎながら歩いているので、匂いで罠がばれてしまうんです。ですので、匂いをかがないような場所にかけようと思って、坂道の最後にかけました。そうすれば駆け下りてきて、においをかぐ暇もなく罠にかかるというわけです。
実際、足跡がたくさんある坂道の下にかけたら、次の日かかっていました。わたしが考えた通り、前足の一番最初のところにかかっていたんです。罠が思い通りに作動したのは嬉しかったですね。
罠で死ぬことはないのでとどめは自分でささないといけません。鈍器でイノシシの額を殴って気絶させて、足で鼻先を踏み、噛まれないようにします。そして耳から顎にかけての頸動脈を狙ってナイフで刺し、放血させて出血多量で死ぬということになります。そして内臓を出し、皮をはいで、ばらして牡丹鍋にして食べました。美味しかったです。

お話を伺うと少し驚くところもありますが、普段私たちが食べているお肉も、捕まえて、それを解体して調理しているんですよね。
ちはるさんは、基本的には フィッシュベジタリアンだそうです。ポリシーとしてお肉を食べるのは、自分で動物を解体した時だけなんだそうです。
猟師になったのはつい最近で、実は数年前までは、横浜で映画配給会社の会社員をしていました。
会社員時代から、農業や持続可能な暮らしに関心が高かった彼女が、猟師を目指すことになったのには大きなきっかけがありました。
◆猟師になったわけ
東日本大震災が一番の大きなきっかけでした。当時は横浜に住んでいたのですが、都市ならではの小さなパニックが起きていました。それをみて、いざというときにはお金を持っていても役に立たないと感じたんです。
食べ物がなくなって、電気も来なくなった時、自分の暮らしがなりたたないことにショックを受け、自分がどれだけ暮らしを他人任せにしていたかを感じたんです。その人任せの暮らしを、少しずつでも自分の手に取り戻して、周りがどうなっても生きていける人になりたいと思いました。
自分で生きていく力といっても色々あると思うんですが、そのなかでも食べ物に興味がありましたので、食べることを自分で最初から最後まで出来るようになりたい、自分の手から離れた食べ物を自分の手でやっていけるようになりたいと思って始めたのが鶏を絞めて食べることでした。
両親は普通のサラリーマンですが、震災後にバラバラだったが家族が埼玉の実家に集まって家族会議をしました。そして父親が「みんな成人して仕事、学校、恋人など、それぞれ大事にしているものがあるのだから、まず自分が生き抜こう」と話してくれました。「生きていれば必ず会えるから、まずは家族一人一人が生き抜くこと」を約束したんです。そのとき、東日本大震災のときから感じていた生きることへの執念みたいなものが心の中で燃えはじめ、絶対に死にたくないという気持ちがかなり強くなったんだと思います。
こうして、ちはるさんは、去年7月に職場を退社。現在は福岡県糸島市で生活をしています。
ちはるさんは、別に山にこもって一人で猟師をやっているわけじゃないんです。
震災を経験したことで、ひとつのものに依存した暮らしをやめようと考えた彼女は、仕事も“ひとつに依存しない”スタイルを始めています。
◆シェアハウス
いまの暮らしはお金がかからないんです。福岡の田舎で運営しているシェアハウスは自分の家賃はゼロ。水道も通っていないので水道代もゼロ。おとなりの家から水が湧きでていて、それがポンプで全体を回るような仕組みです。
畑と田んぼもシェアハウスのみんなでやっていて、とても豊かな暮らしです。うちは一人一芸、手に職の家なんです。なにか自分が得意なものを活かして暮らしを作る。一緒に住んでいるだけでないんです。うちのシェアハウスのテーマは「食べ物と仕事とエネルギーをつくる」です。仕事もできるだけ外に出ず、自分たちのスペースでお金を稼ぐことを目標に、定期的に家でマルシェを開催しています。シェアハウスの敷地はとても広いのですが、住人がそれぞれ特技を生かして出店します。料理人は料理を出したりだとか、写真家と着付け師の双子姉妹は青空写真館を、音楽家はライブをしたりします。1回50人以上は来てくれます。
自分たちの得意なことを活かして、少しずつお金を稼ぐ仕組みを家から発信していければいいなと思っています。うちの暮らしはとても楽しいですよ。
現在、ちはるさんの運営する古民家を改装したシェアハウスには、猟師・兼シェアハウス広報担当のちはるさん、料理人、元農家の方、着付け師、写真家、元酒蔵の方、そして音楽家というメンバーが暮らしています。いまは20代男性・大工さんを募集しているそうです。
そしてちはるさんは、先日本をだしました。『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり─』(木楽舎)です。ちはるさんが狩りを始めた理由、鶏やイノシシの解体方法、私たちが食べるお肉がどこからきているのかなどがまとめられています。
また、ちはるさんの日々の暮らしはブログ「ちはるの森 | @chiharuh の日々。」でも紹介されています。
ちはるの森 | @chiharuh の日々。
今回のお話はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!
【今週の番組内でのオンエア曲】
・Brave / Sara Bareilles
・きらきら武士 / レキシ
ネットでも話題になったその方は、ちはるさん。
「狩猟女子」と呼ばれる彼女は、その名の通り猟師として、現在、福岡県で暮らしています。
きょうは、彼女がこういう生き方を選んだ理由、今のライフスタイルについてご本人のインタビューをお届けします。
ちはるさん。かわいらしい声の、普通の女の子・・・という印象です。現在28歳、新米猟師ちはるさんの、猟師としての暮らしとはどんなものなんでしょうか?

◆猟師としての暮らし
狩猟免許は2013年1月にとりました。いまは罠をメインでやっています。できるだけ身の丈にあった狩りがしたいと思っているので、罠も自分でつくり、山にかけにいける大きさのものを使っています。
”くくりわな”といって、足にワイヤーがかかって動物の身動きをとれなくするというものなんですが、周りで田んぼと畑をやっているのでそれを守る意味でも近辺の山にかけています。
うちで捕れるのはイノシシですね。山にイノシシがかかりそうな場所に狙いを定めて罠をかけるんです。イノシシは警戒心が強いので簡単には捕まりません。鼻先で匂いを嗅ぎながら歩いているので、匂いで罠がばれてしまうんです。ですので、匂いをかがないような場所にかけようと思って、坂道の最後にかけました。そうすれば駆け下りてきて、においをかぐ暇もなく罠にかかるというわけです。
実際、足跡がたくさんある坂道の下にかけたら、次の日かかっていました。わたしが考えた通り、前足の一番最初のところにかかっていたんです。罠が思い通りに作動したのは嬉しかったですね。
罠で死ぬことはないのでとどめは自分でささないといけません。鈍器でイノシシの額を殴って気絶させて、足で鼻先を踏み、噛まれないようにします。そして耳から顎にかけての頸動脈を狙ってナイフで刺し、放血させて出血多量で死ぬということになります。そして内臓を出し、皮をはいで、ばらして牡丹鍋にして食べました。美味しかったです。

お話を伺うと少し驚くところもありますが、普段私たちが食べているお肉も、捕まえて、それを解体して調理しているんですよね。
ちはるさんは、基本的には フィッシュベジタリアンだそうです。ポリシーとしてお肉を食べるのは、自分で動物を解体した時だけなんだそうです。
猟師になったのはつい最近で、実は数年前までは、横浜で映画配給会社の会社員をしていました。
会社員時代から、農業や持続可能な暮らしに関心が高かった彼女が、猟師を目指すことになったのには大きなきっかけがありました。
◆猟師になったわけ
東日本大震災が一番の大きなきっかけでした。当時は横浜に住んでいたのですが、都市ならではの小さなパニックが起きていました。それをみて、いざというときにはお金を持っていても役に立たないと感じたんです。
食べ物がなくなって、電気も来なくなった時、自分の暮らしがなりたたないことにショックを受け、自分がどれだけ暮らしを他人任せにしていたかを感じたんです。その人任せの暮らしを、少しずつでも自分の手に取り戻して、周りがどうなっても生きていける人になりたいと思いました。
自分で生きていく力といっても色々あると思うんですが、そのなかでも食べ物に興味がありましたので、食べることを自分で最初から最後まで出来るようになりたい、自分の手から離れた食べ物を自分の手でやっていけるようになりたいと思って始めたのが鶏を絞めて食べることでした。
両親は普通のサラリーマンですが、震災後にバラバラだったが家族が埼玉の実家に集まって家族会議をしました。そして父親が「みんな成人して仕事、学校、恋人など、それぞれ大事にしているものがあるのだから、まず自分が生き抜こう」と話してくれました。「生きていれば必ず会えるから、まずは家族一人一人が生き抜くこと」を約束したんです。そのとき、東日本大震災のときから感じていた生きることへの執念みたいなものが心の中で燃えはじめ、絶対に死にたくないという気持ちがかなり強くなったんだと思います。
こうして、ちはるさんは、去年7月に職場を退社。現在は福岡県糸島市で生活をしています。
ちはるさんは、別に山にこもって一人で猟師をやっているわけじゃないんです。
震災を経験したことで、ひとつのものに依存した暮らしをやめようと考えた彼女は、仕事も“ひとつに依存しない”スタイルを始めています。
◆シェアハウス
いまの暮らしはお金がかからないんです。福岡の田舎で運営しているシェアハウスは自分の家賃はゼロ。水道も通っていないので水道代もゼロ。おとなりの家から水が湧きでていて、それがポンプで全体を回るような仕組みです。
畑と田んぼもシェアハウスのみんなでやっていて、とても豊かな暮らしです。うちは一人一芸、手に職の家なんです。なにか自分が得意なものを活かして暮らしを作る。一緒に住んでいるだけでないんです。うちのシェアハウスのテーマは「食べ物と仕事とエネルギーをつくる」です。仕事もできるだけ外に出ず、自分たちのスペースでお金を稼ぐことを目標に、定期的に家でマルシェを開催しています。シェアハウスの敷地はとても広いのですが、住人がそれぞれ特技を生かして出店します。料理人は料理を出したりだとか、写真家と着付け師の双子姉妹は青空写真館を、音楽家はライブをしたりします。1回50人以上は来てくれます。
自分たちの得意なことを活かして、少しずつお金を稼ぐ仕組みを家から発信していければいいなと思っています。うちの暮らしはとても楽しいですよ。
現在、ちはるさんの運営する古民家を改装したシェアハウスには、猟師・兼シェアハウス広報担当のちはるさん、料理人、元農家の方、着付け師、写真家、元酒蔵の方、そして音楽家というメンバーが暮らしています。いまは20代男性・大工さんを募集しているそうです。
そしてちはるさんは、先日本をだしました。『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり─』(木楽舎)です。ちはるさんが狩りを始めた理由、鶏やイノシシの解体方法、私たちが食べるお肉がどこからきているのかなどがまとめられています。
また、ちはるさんの日々の暮らしはブログ「ちはるの森 | @chiharuh の日々。」でも紹介されています。
ちはるの森 | @chiharuh の日々。
今回のお話はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!
【今週の番組内でのオンエア曲】
・Brave / Sara Bareilles
・きらきら武士 / レキシ