- 2013.10.27
気仙大工の技!
今週、ご紹介するのは、岩手県・陸前高田市を発祥とする【気仙大工】です。
気仙大工とは、東北に古くから伝わる、優れた技術を持つ大工さんの集団のこと。代々受け継いだ技と知恵で、森の木々を上手に活かしてきた人達です。今回は、その技を後世に伝えようと活動を続ける、本物の気仙大工の方にお話を伺うことができました。

岩手県陸前高田市・小友町にある、『気仙大工・左官 伝承館』です。
小友町は、江戸時代に気仙大工が生まれた場所と言われていて、伝承館の建物は、気仙杉など地元材を使い、気仙地方…つまり陸前高田市、大船渡市、気仙沼市のあたりの明治時代の民家をモデルに、当時の建築様式で建てられています。

ご案内いただいたのは、気仙大工の技術を受け継ぐ60年以上のキャリアをもつ大工さん、村上幸一さん。気仙大工の棟梁として、全国の神社仏閣など多くの建築に携わり、日枝神社の神楽殿や、鎮座した後の明治神宮や出雲大社の建築にも関わってきた方です。震災前から、気仙大工の技術を伝える活動を続けていて、現在は、陸前高田市の仮設住宅で生活しながら、活動を続けています。村上さんに、伝承館の随所に見られる、気仙大工の技をたくさん教えていただきました。

◆船外つくり
この辺りは海のそばなので、平坦地がないため軒を広く出して、煮干しなどを干す場所として軒下を利用していました。小屋代わりにもなっていたののです。船大工がこのあたりは多かったので、船の技法を取り入れた技法です。

◆戸袋
雨戸を収納するための戸袋(とぶくろ)。これは大工の見せ場。
ここにお金をかけていました。家はお金があるんですよ、という一つの見栄。例えばこの欄間のところにその家の家紋を入れたり。小さいけど、なかの細工よりも、これに大工さんは一番手間をかけていました。

◆三段梁
梁が三本重なっている「三段梁」。これが大工さんの腕の見せ所。こんなに重ねなくても家はもつところを、三本使ってさらに強度をあげることで、100年でも200年でもびくともしない家になる。
そして村上さんが受け継いだ気仙大工の技には、森に対する敬意や、木とともに暮らすための知識も一緒に伝えられていました。
◆適材適所
「俺の体験。俺は中学校が終わってすぐに大工の丁稚奉公に行った。師匠はお寺神社専門だった。そこで修行をしましてね。木を切る時から、これは柱、これは桁、と、適材適所で当時は木を見ていました。適材適所に木を見なければいけない。木はいきたい方に曲がる。右に曲がる木も左に曲がる木もある。うまく性格を見て、適材を見て適所に使う。そのとおりに使って初めて適材適所。どこに使ってもいいわけではない。
一番簡単な方法は、例えば太陽を見ている南側の面を、北側の面に使ったらどうなるか。今まで太陽を見たことがない面だから狂う。だから東西南北をきちっと使わなきゃダメ。そのように使わなければ本当の材木の性能は引き出せない。それを上手く使うから、100年も200年も持つ。材料を適材適所に使うのは、当たり前のこと。」
来週は、気仙大工という優れた大工集団が生まれた理由、
その歴史についてお届けします。
ポットキャストでもお楽しみください!
気仙大工とは、東北に古くから伝わる、優れた技術を持つ大工さんの集団のこと。代々受け継いだ技と知恵で、森の木々を上手に活かしてきた人達です。今回は、その技を後世に伝えようと活動を続ける、本物の気仙大工の方にお話を伺うことができました。

岩手県陸前高田市・小友町にある、『気仙大工・左官 伝承館』です。
小友町は、江戸時代に気仙大工が生まれた場所と言われていて、伝承館の建物は、気仙杉など地元材を使い、気仙地方…つまり陸前高田市、大船渡市、気仙沼市のあたりの明治時代の民家をモデルに、当時の建築様式で建てられています。

ご案内いただいたのは、気仙大工の技術を受け継ぐ60年以上のキャリアをもつ大工さん、村上幸一さん。気仙大工の棟梁として、全国の神社仏閣など多くの建築に携わり、日枝神社の神楽殿や、鎮座した後の明治神宮や出雲大社の建築にも関わってきた方です。震災前から、気仙大工の技術を伝える活動を続けていて、現在は、陸前高田市の仮設住宅で生活しながら、活動を続けています。村上さんに、伝承館の随所に見られる、気仙大工の技をたくさん教えていただきました。

◆船外つくり
この辺りは海のそばなので、平坦地がないため軒を広く出して、煮干しなどを干す場所として軒下を利用していました。小屋代わりにもなっていたののです。船大工がこのあたりは多かったので、船の技法を取り入れた技法です。

◆戸袋
雨戸を収納するための戸袋(とぶくろ)。これは大工の見せ場。
ここにお金をかけていました。家はお金があるんですよ、という一つの見栄。例えばこの欄間のところにその家の家紋を入れたり。小さいけど、なかの細工よりも、これに大工さんは一番手間をかけていました。

◆三段梁
梁が三本重なっている「三段梁」。これが大工さんの腕の見せ所。こんなに重ねなくても家はもつところを、三本使ってさらに強度をあげることで、100年でも200年でもびくともしない家になる。
そして村上さんが受け継いだ気仙大工の技には、森に対する敬意や、木とともに暮らすための知識も一緒に伝えられていました。
◆適材適所
「俺の体験。俺は中学校が終わってすぐに大工の丁稚奉公に行った。師匠はお寺神社専門だった。そこで修行をしましてね。木を切る時から、これは柱、これは桁、と、適材適所で当時は木を見ていました。適材適所に木を見なければいけない。木はいきたい方に曲がる。右に曲がる木も左に曲がる木もある。うまく性格を見て、適材を見て適所に使う。そのとおりに使って初めて適材適所。どこに使ってもいいわけではない。
一番簡単な方法は、例えば太陽を見ている南側の面を、北側の面に使ったらどうなるか。今まで太陽を見たことがない面だから狂う。だから東西南北をきちっと使わなきゃダメ。そのように使わなければ本当の材木の性能は引き出せない。それを上手く使うから、100年も200年も持つ。材料を適材適所に使うのは、当たり前のこと。」
来週は、気仙大工という優れた大工集団が生まれた理由、
その歴史についてお届けします。
ポットキャストでもお楽しみください!