Flowからのお知らせ
- ★みなさんに嬉しいお知らせで〜す!
★Spotifyでは現在、拓哉キャプテンの1st アルバム、「Go with the Flow」、
2nd アルバム、「Next Destination」が絶賛配信中です!
Spotify 限定配信となりますのでたくさん聴いてくださいね!
さらに!Spotifyでは「木村拓哉 Flow 〜リスナーの「人生の一曲」プレイリスト」も公開中!
番組宛に届きましたリスナーさんにとっての「人生の一曲」をまとめたプレイリストもたくさん聴いてくださ〜〜い!
★只今、Flowでは 「あなたにとっての“人生の一曲”」 を募集中です!
エピソードと共にあなたの人生の一曲を教えてくださ〜い!
みなさんからの メールをお待ちしています!
さて今回のFlowは……
拓哉キャプテンと“親交”のある方から“はじめまして”な方まで、
様々なステキなゲストをお迎えしてお送りする「Flow」!
今月のマンスリーゲストはSUPER EIGHTの大倉忠義さん!
じっくりトークセッションをお楽しみに!
そして!!
番組公式「X」「@flowsaaaan」のチェックもお願いします!
ハッシュタグ「 #フロウさん 」を使って、
番組の感想や木村さんにやってほしい事などをポストしてみんなで繋がりましょう!
ON AIR REPORT
2026年02月08日
Flow 第三百九十三回目「拓哉キャプテン × SUPER EIGHT大倉忠義」Part2
今月のマンスリーゲストは、SUPER EIGHTの大倉忠義さん!
今週もどんなトークになるのか? お楽しみに!
木村:言い方がすごいたやすいんだけど、ちゃんとした大人になっている大倉忠義っていうのは、元々どんなちびっ子だったんですか?
大倉:元々は、もう普通の子でした。
木村:普通の子って。
大倉:地元は大阪なんですけど、地元で普通の公立の学校に行き…。
木村:で、何になりたかった、とかはないんですか?
大倉:いや本当に、お金持ちになりたいから「(将来の夢は)野球選手」って書いてたような、でも野球やってなかったような…。
木村:え、やってなかったんだ。
大倉:やってなかったんです(笑)。でも「野球選手」って書いてるような、お調子者な子供でした。
木村:でも、小6の時なんですか? オーディションに合格して。
大倉:そうです。
木村:それは自分で?
大倉:自分でした。でもきっかけは、大阪の親戚のおばちゃんとかの人たちから、「あんたかわいいから行けるで」って言われたところから始まりまして。本気にしてしまった、当時小学校4年生ぐらいの時に、ファミリークラブの住所を調べてもらって送った、って感じです。
木村:へえ〜、そうなんだ。でも、ここにスタッフからの情報があるんですけど、これ本当? 「新聞配達をしながら学校やレッスンに通ってた」って書いてあるけど。
大倉:してました。そうですね事務所のレッスンも正直なかったんですけども。
関西ジュニアの仕事がその当時全然なくて。先輩が大阪公演でツアーでいらっしゃる時にバックのために呼ばれる、っていうタイミングだったので、大体夏と冬しか仕事がなかったんですね。
木村:仕事って言うか…そうだよね。「本当にいるの?」っていうことだ。
大倉:そうです、そうです。っていう状況が続いてるので、やっぱりお金もないですし…。
木村:そうなんだ。これ俺が言っていいことなのかどうかわかんないけど、その頃、ちゃんとした契約を結んでるわけでもないじゃん。
大倉:その当時はなかったですね。
木村:自分もなかったし。今考えるとすごい不思議っすよね。
大倉:そうですね。よくやってたなと思います。
木村:よくやってたなって、多分お互いがお互いのことを思うと思うんだけど。自分もそうでしたね。
大倉:そうなんですね。グループ組まれたのは、何年目ぐらいなんですか?
木村:え、何年目だ? 急に、当時存在していた雑誌の「POTATO」さんの撮影があるから、何月何日何時にどこどこに来てくれって言われて、「なんすか、それ?」っていう感じで一応行って。そしたらババババッて並んで撮られた写真が、「はい、『スケートボーイズ』です」って(紹介されて)、「それ何ですか?」っていう。
大倉:最初、そうなんですね(笑)。
木村:知ってる、なんかテレビで見たことある人たちが大人数でローラースケートに乗ってたりとかしてて。「スケートボーイズ」って言われて、「いや、ボーイズって言われても、俺スケボーをやったことないですけど」。
大倉:えー、すご! 木村さんもご自身で(オーディションの応募を)送られたわけじゃなかったんですか?
木村:僕は、親戚が勝手に。
大倉:そうなんですね。そこのモチベーションみたいなのも…。
木村:ゼロです。
大倉:ゼロですよね(笑)。
木村:六本木3番出口から降りて、テレビ朝日のリハーサル室に歩いていったら、本当に「えっ、うわ、びっくりした!」っていう感じで女の子から「受け取ってください」って言われて。今も、色も全部覚えてる。セサミストリートのクッキーモンスターだっけ? それが描かれた缶に入ったクッキーと、手紙を頂いて。「まだ名前も知らないあなたへ」って書いてあって。「これから応援させてください」って言って、クッキーを貰ったんですよ。
大倉:すご!
木村:それで、なんかすごいことやってんな、って、なんか変なスイッチが入って。だって名前も知らない子が「応援させてください」っておかしいだろ、って思って。
大倉:えー、おもしろ!
木村:それで、ジュニアっていうところで、それこそ本当にできる人たち、回れる人たちがどんどん鏡に近いところへ行き…、みたいな時間は過ごしました。
大倉:へ〜。これ、未だに僕は「合格」と言われてないんですけど。オーディションをするじゃないですか。誰からも「合格」とは言われてないんです。
木村:僕も言われてない。
大倉:言われてないですよね。今まで続いてる、って感じなんです。
木村:…僕もそうだ。
大倉:(笑)。特殊すぎますよね(笑)。
木村:僕らは2人とも「合格」とは言われてないです(笑)。
大倉:合格ではないんだろうな、と思いながらずっと過ごしてきました。
木村:で、その当時の忠義を、新聞配達まで行かせるその熱量。それは何だったんですか?
大倉:魅力があったんですね、先輩方に。こうなりたい、っていう。
木村:具体的な「俺、この人でした」っていうのは?
大倉:一番最初は、V6の森田剛くんから始まりまして。
木村:へぇ〜!
大倉:その時は小学校の同級生で好きな女の子がいたんですけども、その子が剛くんを好きだったんですね。
木村:ああ、そのパターンね!
大倉:そうなんです。で、「どんな男や?」っていうところから始まって、見てたら、自分も「いや、かっこいいな」っていうところになっちゃいまして。そのパターンでした(笑)。
SMAPの話は聞いてもいいですか?
木村:なんで?
大倉:結成された時って、そのスケートボーイズの中からもう一段階進んだ、って感じなんですか?
木村:半分になったんじゃないですか? 俺、正式に覚えてないけど、12人ぐらいいたのが6人に。
大倉:そういう流れなんですね。で、そのグループ名も伝えられ…?
木村:伝えられたけど、「なんだそれ?」って思ったし。
大倉:最初はそうですよね。
木村:言葉が通じない名前を急に言われて、「むしろ、いやなんだけど」っていうテンション。
大倉:そうなんですね(笑)。
木村:いや、俺の話はどうでもいい(笑)。
大倉:いやいや、気になりました、すごく(笑)。
木村:でも、ある程度の大人になって、めちゃくちゃ冷静な頭で振り返ると、本当に摩訶不思議だよね。
大倉:いや本当に、摩訶不思議です。
木村:大倉忠義本人の話に戻りますけど。そもそも、ギターだったり、鍵盤だったり、楽器っていっぱいありますけど、何でドラムにしました?
大倉:これはですね、僕は一番最初に楽器を触ったのはギターだったんですけれども…。
木村:あれ?
大倉:安田、丸山も、始まりは全員ギターなんですね。なんですけど、一度「バンドを組まないか?」って言われた時に、僕は「ちょっとダンスがしたいので、バンドチームは嫌です」っていうことを言ったんですね。関ジャニになる前にバンドチームがあったんです。そこは自分は外されてしまうんですけども。
そこで、安田はギターをやってて、丸山がベースをやり、違う子がドラムをやって、ボーカルをやって、っていうチームがあったんですけど、それを断ったことにより、僕の仕事はもうほぼなくなってしまったんです。 で、そのバンドチームも続かずに、メンバーが辞めていくんですけれども。
そこに、横山、村上、渋谷、錦戸が合流して、新しいチームで関ジャニとしてやっていく、っていうことになったんです。
木村:自分は?
大倉:いなかったんです。バックでやってたんです。
木村:不思議だな。1回枠から出たってこと?
大倉:同期なんですけども、同期のメンバーでバンドを組むという時に僕が断ってしまったことにより、そこから外れてしまい、その人たちのバックで踊る、っていうことをずっとやってたんですね。そこのドラムが辞めた時に、安田とか丸山が同期なので、「大倉ならリズム感あるんでドラムできると思う」という推薦をしてくれまして。それで、その時に会社から電話かかってきて「ドラムできる?」っていうことになったんですけど(笑)。
木村:すげぇ確認を電話でしてくんだな(笑)。
大倉:そうなんです(笑)。で、僕もそれがラストチャンスだと思いまして、「できます」って嘘ついたんですけど。
その1ヶ月後にはもうライブ本番があったんです。「もし、お前1人でできなければ、東京からドラムを呼んでツインドラムでさせる」っていうことをずっと言われてまして。そこで1ヶ月猛練習して、ステージに出ました(笑)。
木村:(笑)。実際1ヶ月後のライブに出て、叩いて。
大倉:出て、叩きました。
木村:すげえ。
大倉:そうなんです。それがきっかけで、8人で関ジャニ8(後の関ジャニ∞)っていうのが結成されました。
木村:2004年、関西限定シングル「浪花いろは節」でCDデビュー。
大倉:そうですね。そこでやっと契約してもらいました。
木村:そうなんですよ。そこなんですよ。自分も多分、そこだったと思う。
大倉:そういうことですよね。
木村:それまではもう一切、本当になかったと思います。
大倉:多分最近までそうだったと思います。今のジュニアの子たちは、皆契約してもらっていると思うんですけども。
木村:よかったね。
大倉:よかったです(笑)。
木村:そんで、2004年にデビューして、2010年にバンドとして本格始動しはじめ、フェスとかにも出るようになり…。っていうことではないのかもしれないけど、2018年から2019年にかけて、5人体制に形が変わって。
大倉:そうですね。
木村:そういう時は、どっかでテーブル1つにして何か話したりしました?
大倉:話しましたね。
木村:そりゃそうだよね。話さなかったら成立しないよね(笑)。
大倉:でも1人目の脱退の時はですね、話はしたんですけれども、もうその場所で報告、みたいな感じでしたね。
木村:そうだったんだ。
大倉:「そう思っている」っていうところから始まりまして。本人の意思も固くて…、っていう会話はしましたね。
木村:メンバーもそれを受け止め。
大倉:そうですね。
木村:まあ受け止めるしかないよね。
大倉:しかなかったですね。
木村:何言ってんだよ、っていう気持ちもあるかもしれないけど、やっぱそうだよな。
大倉:そうなんです。気持ち的には受け止めきれはしなかったんですけども、でも数年経ってみて、自分も40代に入りいろんなことを考える時に、やっぱり人生のことを考えるタイミングで、彼はその時点で人生を考えて、自分の道を見つけたんだな、って思うと、理解できなくはないな、っていう思いにはなりましたけども。
その当時はやっぱり追いつかなかったですね。
木村:今だからわかるっていう。
大倉:そうですね。時間はちょっとかかりました。
木村:まぁな。その時全て答えが出るわけじゃねえからな。それもそうだな。
で、その後に錦戸くんも(脱退した)。2019年なんですけど、残った5人で、シングル「友よ」っていう作品で再出発して、今に至る、っていう。
大倉:そうですね。
木村:で、2024年、SUPER EIGHTっていうチーム名に改名し…。
いやでも、いろんなプロデュースとかやりながら、アリーナツアー、ドームツアーて、どうやってやんの?
大倉:忙しかったですね。
木村:え、それだけ? その一言で終わりなの?
大倉:(笑)。忙しかったですけど、でも、全部自分1人でやっているわけではないので。その時は、ジュニアの育成部の方にお任せしたりとかでやりました。
木村:でも、脱退だけじゃなくて、途中途中で、あれは安田くんだっけ? ちょっと大きなオペレーションとか受けてたもんね。
大倉:そうですね。そういうこともいろいろありました。
木村:そうだよね。だってこの間なんて、横山くんもずっと走ってたからね。
大倉:そうですね(笑)。
木村:大丈夫か、と思ったけど。いろんな、多面性が半端ないチームだな、って思うんですけど。いや、すごいよね。
大倉:皆いろんなことやってますね。
木村:いろんなことやりすぎだろ(笑)。
[BGM]
M.浪花いろは節/SUPER EIGHT
[OA曲]
M.友よ/SUPER EIGHT


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