旅を続ける理由
青木さやか(タレント、俳優、エッセイスト)×高野秀行(ノンフィクション作家)
2024
02.02
高野さんは、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」をポリシーに、世界各地を取材し、執筆を続けています。デビュー作「幻獣ムベンベを追え」は、中央アフリカ、コンゴの湖に生息するといわれる謎の怪獣発見に挑むサバイバル生活を描いたもの。その後も、辺境への旅を続ける、高野さんの原動力は一体なんなのでしょうか。
環境によって変化する常識
- 高野
- 僕、謎とか未知が好きなんですよ。それを解き明かしたいとか、一体どうなっているのか知りたいのがありますよね。
- 青木
- 行きたい場所がリストアップされているんですか?その中から順番に行こうとなっているんですか?
- 高野
- いつも無意識的に探しているんですよ。
- 青木
- そうすると情報が寄ってくるってことですね。
- 高野
- そうですね。例えば、この5、6年はイラクに通って、イラクにある巨大な湿地帯を旅し、『イラク水滸伝』という本を出したんですけれども、それは朝日新聞の国際面に出ていた記事だったんですよ。少なくとも100万人以上の人がその記事を目にしていたと思うんですけど、僕以外の人はおそらく全くピンとこなくスルーして、ページめくって忘れちゃったんでしょうね。
- 青木
- 実際に行かれてみてどうでした?
- 高野
- その記事はすごく正確だったので、ちょっとした滞在で、これだけ書いてすごいなと思ったんですけれども、行ってみると全くイメージが違うわけですよ。東京都よりも巨大な湿地帯なんですよ。それは、言葉で聞いてもわからないわけですよね。本当にでかいから、一体どこに行っていいのかわかんないわけですよ。水がばあっと広がっているわけでしょう。町や村もろくにないから、何を目指していいのかもわからない、そんな悩みを初めて持ったわけですよね。
- 青木
- 確かに。みんな目的地に行きますもんね。向こうの人にも「お前、なんで来たんだ」と言われますね。
- 高野
- 水の民がいるから、それを見てみたい、そこを旅したいというのがあったんですけども、そもそも水の民もすごく分散して暮らしているし、どこに行けばいいのかわかんないし、水の民に会って、どうするのかもわからないでしょ。そういうことまで考えていないわけですよね。
- 青木
- でも今までいろんなとこに行かれていて、やっぱり、行かなきゃよかったなみたいなところはないですか?
- 高野
- それはないですね。行けば、どんなところでも面白いですよ。行かなきゃよかったところはないですね。
- 青木
- 面白さというのは人ですか?
- 高野
- そうですね。一番の面白さは人ですね。僕は民族や人たちに興味がありますよね。なんでこういう生活をしているのか、どうしてこんなことをしているのかとかね。
- 青木
- 今までいろんなところに行って、もう1回行ってみたい場所はどこですか?
- 高野
- アフリカのコンゴで怪獣を探していたところには行ってみたいとは思いますよね。やっぱりそこで常識が片っ端からひっくり返されたわけですよ。例えば、ジャングルの中に湖があって、そこにネッシーみたいな怪獣がいると言われているんですよ。そこのほとりにテントを立てて、キャンプの設営をして、コンゴ人メンバーも一緒にいる。まず、ゴミ捨て場とトイレを作ろうとしたんですよね。そしたらコンゴ人メンバーに大反対されて、「汚いじゃないか」と言うんですよ。「なんで?ゴミをそこらじゅうに捨てずにゴミ捨て場、一箇所にした方がいいでしょ」と言ったら「そりゃ汚い。汚いものを集めたらもっと汚くなる」というのですよ。
- 青木
- じゃ、どうするんですか?
- 高野
- その辺に捨てるわけですよ。トイレもその辺でするから、僕らはそんなことありえないと言って押し切ってやったんですけど、半分こっちが正しくて、半分正しかったんですよ。ゴミ捨て場に関しては向こうが正しくて、要するにゴミは生ゴミで、食べた動物の肉や魚の骨の子、野菜のくずが多いわけですよ。それを1ヶ所に集めると、そこに虫が湧く、熱帯雨林だから虫が湧くと、もうそれだけでも、ハエとか、ハブみたいのが大量発生するし、今度それを食べに、ネズミとか小動物が発生して、さらにそれを食べに毒ヘビが出てくるんですよ。だから、なるほどと思って、分散していくと、それは自然と土に還っていって衛生的に問題ないんですよね。
- 青木
- そのときのゴミは自然に還っていくものだけですしね。
- 高野
- そうなんですよ。
- 青木
- コンゴの人は、それがわかっていて、おっしゃっていたんですかね。
- 高野
- 経験的にわかっているんですよ。ただ、トイレに関しては僕らの方が正しくて、みんながそれぞれその辺でしたら、足の踏み場もなくなってくるわけですよ。だから自然と、コンゴの人もだんだんトイレを使うようになってきて、だから環境によって常識はどんどん変わってくる。
インドでの体験
- 高野
- インドに行かれたことあるんですか?
- 青木
- 20代の頃にお付き合いしていた方がインドをずっと旅をしていたので2週間ぐらいかけて行ったんです。列車で旅しながら、最終的にはサイババに会いました。
- 高野
- 面白かったですか?
- 青木
- 面白かったですよ。だけどやっぱり日本は安全だなと知りました。子供たちから銀の指輪とかを高い値段で売りつけられたりして、日本とは全然違うんだなと思ったりしましたね。
- 高野
- 僕は、最初に行った外国がインドだったんですよね。片っ端から騙され、ぼられたりして、最終的には身ぐるみ剥がされて、詐欺師に騙されて、パスポートもお金も帰りの飛行機のチケットも全部取られて、ポケットに日本円で200円、300円ぐらいしかなかったんですよね。それでしょうがないから、その前に知り合いになっていた地元の小学生の家に居候させてもらって、そこも3畳間みたいなところに親子4人が暮らす貧しいアパートだったんですけど、嫌な顔もしないで泊まらせてくれて、みんな劇的に親切なんですよ。僕が一文なしだと知っているのに、1日3食食べさせてくれるし、近所の人たちが果物を持ってきて、「これ食べな」と言ってくれたり、僕のインド人観もどんどん変わってきて、要は、インドは超格差社会なので、下の人が上に上がるのはものすごく難しい。すると下にいる人たちは、自分より上の人からは多少、物を余計に取ってもいいだろうという考え方になる。そうなっても全く不思議はないし、実際そうなんですね。上の人たちも、下の人には少しお金を多くあげたりとか助けたりとかするべきだ、そういう宗教的な考え方もあるので、だから日本人とか先進国のツーリストが行くと、そこから余計に取っても別にいいという発想になるんです。僕はインド人不信になっていたんですが、今度、僕が一文なしになると、みんなすごく親切で、むしろ助けてくれるわけですよね。そういうのを知れて、そのときは面白いと思えるほど余裕がなかったんですけども、インド人に対する考え方も変わったし、後からすごく面白かったなと思いましたね。
- 青木
- でもその理屈がわかれば、インドの人たちが私に売りつけた理由もわかりますし、そこまで腹を立てることでもないなという感じにはなりますね。
*高野さんが謎の巨大湿地帯に挑んだ「イラク水滸伝」は、文藝春秋より発売中です。