自分が分裂していく感覚
吉本ばなな(作家)×猫沢エミ(ミュージシャン、文筆家)
2023
12.29
猫沢さんのエッセイにばななさんが、SNSに共感の声を寄せたことで親交が始まったお二人ですが、実際にばななさんは猫沢さんにお会いしてどんな第一印象を持たれたのでしょうか。
自分のアイデンティティを強く持っていないといけない海外での暮らし
- 吉本
- 猫沢さんは、言っている事とやっている事と見た目が全部一つですよね。だから、安心感があります。とは言っても実は内気で家に帰って、連絡をすると、”誠に恐縮でございます”みたいな返信が来る人とかいるでしょう。そういうことはないと思いました。海外に住むのはそれがすごい大事じゃないですか?
- 猫沢
- そうかもしれない。
- 吉本
- 裏表とか隠しているとか、無理をしているのが通用しない世界だから。それが一層強化されたのが今の状態だろうなというのはお会いして理解できました。
- 猫沢
- 自分が若いときにミュージシャンの仕事をして、私としては音楽がやりたかったんですけど、当時は、いわゆる女性アーティストブームで、雑誌の中では、ファッションリーダーであるとか、アーティストが妖精みたいな、ずいぶん本人とは違う感じで表に出ていたりして、私は音大で、現代音楽を学んでいて、打楽器というすごいクラシックの世界ではかなり異端なところから出発して、ひょんなことから気がついたらポップスをやっていたみたいな感じでした。メジャーレーベルと契約しているときは必死だったから、何年か後の姿が想像できなくて。
- 吉本
- そういう時代でしたね。みんなお金があったからいろんな企画をやってくれましたもんね。
- 猫沢
- それはそれでいい時代だったんだけれど、猫沢エミというキャラクターとして、切り離されて、いろんなメディアに広まっていった時代が私にとってはすごく違和感があったんですよね。他の人がいろんな側面を切り取って、広げるみたいなこと、それはそれで人によっては楽しめたと思うんだけど私は、1個しかないから、その乖離した自分がすごく辛くて、メジャーと契約が終わった2年後にパリ行くんですけれども、その乖離した自分を回収するのに10年ぐらいかかったんですね。散らばった自分の欠片を見つけては自分に回収する。もう2度と自分の一部を誰かに渡したりしないぞというのがあって、パリに引っ越して、強く自分のアイデンティティを持ってないといけない環境に入ったときに、よりキュッと一つになったところはあるかもしれないですね。
日本の暮らしの中で抱く独特の違和感
- 吉本
- 住んだことはないけどイタリアに行くとイタリアの人格になって、非常にはっきりと物を言える。そうでないと大変なことになっちゃうから。「夜中の3時に墓地に行こう」と誘われ「いやだ」とか言わないと、いつの間に車に乗せられるから。
- 猫沢
- どんなシチュエーションで墓地に行こうとなるんですか?
- 吉本
- みんなで飲んでいて、「幽霊が出るところがあるんだよ。行こう」とか言われて、はっきりと「この時間は無理とか、何時までならいいよ」とか言わないといけない。日本だとタクシーに乗って、運転手さんがおっとりしたおじいさんだと、「そうでございますね」とか言っている自分がいるじゃないですか。あと日本は、シャンプーが100種類ぐらいあるから、どんどん細かくなっていくんです。
- 猫沢
- フランスは1つのものに対して、生産数がすごく少ない。例えば、お尻拭きのウェットティッシュは、流通しているものが、2種類しかないんですよ。
- 吉本
- 日本では、おじいさん用、赤ちゃん用、大人用、女性用とかありますよね。それがまた楽しくもあるけど、どんどん細かくなっていくのはいつも感じて、無香料のみならず、もっと自分は「無」じゃないかとか思ってもないのに思ってみたり。
- 猫沢
- だからありすぎて、買えないんですよ。選べなくなるというか。物が多すぎて聞く気力もだんだんなくなってきて。
- 吉本
- わかります。寄せ鍋のたれ、もつ鍋のたれ、みそ鍋とか、全部、別れて売っているから、買うべきか否かさえわからなくなってくるのはありますよね。
- 猫沢
- そうですよね。こんなにはいらないんじゃないのかなと思う。
- 吉本
- 特徴的ですよ。でもそれに合わせて自分も分裂していくの。それは、日本にいると感じます。
*吉本ばななさん書き下ろしのお守りのような言葉が散りばめられた、世界に一つだけのダイアリー「BANANA DIARY 2024-2025 はなうた」が幻冬舎より発売中です。