落語に挑んだ経験

南沢奈央(俳優)×立川談春(落語家)

2023

12.08

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演じること



立川
落語は演じることから、一番遠いかもしれない。要は1人で5役も6役もやるときに、一つ一つはっきりと演じ分けていくことは、とてつもなく才能がいる。テンポを落とさずに演じ分けていくことは、観客ではなくて、演者が無理だから。できるなら役者さん全員1人芝居をやればいいんだから。そうすると落語の演じ方になっていく。でも、それをいくらか演劇寄りにしていくことに成功したのが、私の兄弟子の志の輔であり、僕もそういう部分があるし、志らくさんもそうだろうし、落語でもない、でも演劇でもない落語、立川流ができてから、落語のメニューに1ページ加わったよね。それが物珍しいんでちょっと観客が増えたのもあの辺からだもんね。落語家さんがドラマに出たり、役者さんが落語家をやったり。

南沢
私も2回ほど落語をやらせていただいたんですけど、

立川
役になりきるっていうじゃない。どんなアプローチをするわけ?要は僕はやりながら、本番中にヒントとか疑問が湧くのね。3分後にあのシーンがあるけど、今、思いつきで言ったら、あの3分後のシーンの登場人物のセリフは変えられるぞ。ただ変えたら筋が変わる?いや変わりはしないけど観客は驚く。それに対して相手役として対応できるの?わかんない?でもどうするの?いや、言いたい。言いたいの?どうなるの?わかんない。怖い。言わない?言いたい。どうする?やる?なんて言っているうちに3分後が来ちゃうわけ。言っちゃったら相手役は、それに対してリアクションしなきゃいけないですよね。ごく稀だけどそこから自分も何だかよくわかんない話になってくるの。それ、稽古のときにあったでしょう。

南沢
即興で芝居を始めたときに。

立川
なんのセリフも決まってなくて、とりあえずなんでもいいからなんかしゃべれ。申し訳ない。圧力が強くて。そしたらとんでもない一言をいったから爆笑したんだけど、そこから会話をつなげていくわけですよ。台本はないけど。これで自信がついたらなんでもできるなと思うと思ったんだけど、演出家というジャッジマンがいるからその辺はどうなんですか?

南沢
決まり事の中でやらなきゃいけないことが多くて、だから逆に私は自分の色を出さなくて、その作品の演出家さんに合わせるので、演出家さんがこうして欲しいと言われたら1回はやってみる。

立川
1回はやって、1回はって力強く言うところがいいね。

南沢
やってみないとわかんないんで、やってみて、そうか、こっちに進んでいった方がいいかも。でもやっぱり、違うなと思ったらそのときは言います。こっちのアプローチでやってみてもいいですかと。

立川
それは演劇の面白さだね。落語は俺が知らない人が出てこないからね。

南沢
それは確かにないですね。

立川
演劇の面白さってこれだと思って。

南沢
そうですね、相手がいるんで。

立川
人が引っ張られることもあるし、向こうを受け止めると、自分ならこの感情の扉をあなたが開いてくれた。そのトーンでいってくれるなら僕はこうなります。それが何かカチッとなっていく。俺はほとんどないよ。そういうシーンを横目で見ているだけだけど、素晴らしいものになるよね。

南沢
相手役とかいると思いもよらないところにたどり着くんですよね。


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落語は全てがひとり



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俳優として活躍する南沢さんですが、過去に2度ほど、落語好きが高じて、実際に、高座に上がって、「南亭市にゃお」として落語を披露されたこともあります。

立川
落語をやったときは、演出、監督、主演、脚本、美術、音声、照明まで全部1人でやる。どんな感じだった?

南沢
めちゃくちゃ不安だったんですよ。演出家さんや音響さんがいない、自分を客観的に見て判断してくれる人がいなかったので、これでいいのかなと思いながら本番を迎えた感はあったんですけど、去年、池袋演芸場で行った寄席は、独特の雰囲気でした。

立川
まず演劇であり得ないのは客席が小さいとかは、どうでもよくて、ものすごく客席が明るい。

南沢
お客様も丸見えで、怖いですね。しかも舞台で、お芝居するときに横を向いていたりして、そんな客席に向かって演じないので。

立川
お客さんの視線を感じた?

南沢
感じました。

立川
それは刺さった視線が?

南沢
めちゃくちゃ刺さりましたね。刺さりましたけど、すぐにリアクションが戻ってくる感じはすごく楽しめた。

立川
何分ぐらいで楽しめた?あの日は、2席やったでしょ。

南沢
2席で、1席目は新作だったし、ほとんど楽しめなかったです。もう無我夢中。2席目は古典「厩火事」だったんで、ご存知の方も多く、早めに話に入ってきてくれている感じが何となくわかるというか、今まで稽古をしてきた通りでなくてその場のテンションに持っていけた。

立川
逆に言うと、舞台で演劇をやっているよりも、だったらこうしちゃおうかなみたいないたずら心?

南沢
遊べるぞ!みたいな、1人だから。

立川
気づかれたか!

南沢
それを生業とされている方には到底ですけど、普段、お芝居ではできない体験ができて。

立川
それを日常でやっているやつが、お金がかっているドラマに呼ばれて、スタッフだけで50〜60人いる中で、最初に朝、「ドライ」があり、なんで、こんな人がいるんだ。もうカメラだけ置いて全員出てくれと思うけど、それを見た後、みんなで、こうしたらいいんじゃないかとスタッフと監督で会議しているじゃない。僕それがどれほどつらいことかわかる?人生においてチームプレーを初めて知ったんだ。これは大変だ。監督だけじゃない、スタッフの人もこれだけ努力をしているから、俺がキャリアをふいにしちゃう。駄目にしてしまうんだと思ったときの恐怖は鳥肌じゃなくて毛穴が開いたね。プレッシャーとかじゃなくて。だから現実逃避をするわけよ。カットと言われた瞬間に舞台はともかく、役者さんは、セリフを忘れるじゃない。これ落語家と絶対違うところなんです。落語家は、1発目、ネタおろしの初演で100点なんて思っているやつ一人もいないから。

南沢
本当に違うんですね。

立川
俺が役者さんを見て驚いたのは、カットと言われて10分後にその前のシーンのセリフをみんな忘れているんだよ。

南沢
そうなんですよ。だから、撮り直しますとか言われると困る。覚え直さなきゃみたいな。

立川
本当に忘れられんのよ。落語は、15年間経っても忘れないと言ったら役者さんは、俺たちを病気だと思っている。脳にその機能はお互いにあるよ。


*南沢さんのエッセイ集『今日も寄席に行きたくなって』は、新潮社より発売中です。


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