シェフとして大切にしていること

行方ひさこ(ブランディングディレクター)×生江史伸(シェフ)

2023

06.23

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大学院で学んだ理由



生江さんはシェフ業だけでなく、東京大学大学院で農業・資源経済学を専攻し、学術的な視点から農業と食との持続的な関係性を研究されました。

行方
大学院に行こうと思ったきっかけは?

生江
自分の立ち位置として、例えば、シェフになると、レストランというお城の一国一城の主になるわけですよ。そのお城の中ではリーダーなので、みんなに教育をしないといけないし、新しいものを提案しないといけないから、どちらかというとどんどんすり減っていくんです。それと同時に、何か教えることは、立場が上にならないといけないから物事を知ったかのように教えないといけないんですよ。

行方
でも知っているでしょう?

生江
そう言ってくれたのはありがたいなと思うのは、全然知らないことばっかりなんですよ。もう知らないことからスタートしても無知だということを自分で受け入れたところからでないと物事の創造は始まらないと思っていて、あるいは物事への視点は定まらないような気がしていて、さもかし知ったかのように物事の捉え方がもしあるのであれば、それ以外のものは見えなくなっちゃう。そうすると新しいものも生まれないし、でも、知らないことを、あるいは無知だっていうこと、受け入れるとすごく自分が楽になって、知らないから勉強しなきゃいけない。もっと専門的に勉強したいと思った時にある研究者の方々が集まっている会に自分がオブザーバーとして参加させていただくことがあって、話を進めていったら、そんなにいろいろと興味があるなら大学院に行ったらいいじゃないかと言ってくださった方々が複数いて、1人から言われるのはあんまり影響を受けないんですけど、3、4人ぐらい違う人から言われると、そうかなと思い始める性格があるんですよね。これはちょっと乗ってしまおうかなと思った時に、コロナが来たのです。僕がお世話になったのは、東京大学の大学院で、そこの募集要項を見てみたら、まさに今、願書を受け付けていて、8月に試験がある。まだ時間あるぞ。お店が閉まっているから勉強する時間もあったので取り組みました。いろいろ知りたいことがあったけれども、例えばSNSから入ってくる情報や新聞から読む情報は、自分が寄って読んでしまう、自分が読みたいものを読めるようになっている。SNSはもっと言うと、最適化された自分が気持ちよくなるような情報が入ってくるから、それは本当の意味では勉強にならないなと。ただ、大学院に行ったら科学的に根拠のある、研究の仕方、分析の仕方、ものの見方を教えてもらえるのを期待して、行きました。

行方
そこに行ってみて、自分が今まで見ていたものは何かのバイアスがかかっていたと感じます?

生江
大学院に入って単位を取得するために、基本的に、一般的な授業を受けなきゃいけないんですよ。農業農学に関わる授業を受けた瞬間に、あらゆる取材を断りました。なんて恥ずかしいこと自分を知ったかのように言っていたんだろうと気づいてしまって、でもそこまでは結構、自分で言うのもおこがましいんですけれども、いろいろな専門職的な料理の雑誌とか、カルチャー雑誌だとか、テレビ、ラジオとかいろいろなところから、例えばサステナビリティのことを話してくださいとか言われることがすごく多かった。その時に自分の中ではスラスラと答えたつもりだったんですけど、その現実を見た時にずいぶんとやっぱり誤情報を掴まされていたし、自分で掴んでいったのもしょうがないから、そういうものにつり上げられたり、あとは意外にそんなに簡単に一口で説明できないぞという複雑さは大学院で勉強してわかった。今まではずいぶん大風呂敷を開いていたように見せかけて、実はそれがすごく小さい風呂敷だったという。思い返してみるとすごく恥ずかしいし、あの頃、インタビューを受けてくださった方、すいませんという感じです。でも大学院に入って、教授や研究者の方々に言われたことは、5年で常識が変わる。だから5年前にこうだと思っていたことが、次の5年後には変わっているから、それは気にしないでいいと。とにかく今の立ち位置でどう見えるか、どう感じるか、どう考えることが可能なのかを出していくのが、学問の世界での積み重ねで、その5年前に積み重ねたものをベースに、さらに積み重ねていく。その見識を上げていくのが研究の世界で、それはすごく素晴らしいことだなと本当の意味で勉強になりました。


自分の足で産地をまわる



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行方
生江さんは畑に行ったり、家畜を見たり、一時期すごくまわっているイメージだった。

生江
コロナが始まってからなかなか行くことができなかったけれども、やっと、動き始められるかなという感じ。ずっと会いたい人たちがいっぱい日本中にいるから、これからまた忙しい旅の日々が続くのかもしれない。食材の魅力で最初は取り込まれたところがあったんですけれども、年々、農家さんが土地やその周辺の環境に対してどういう考えを持っているのかは、気になってきましたね。たくさん肥料を入れて、農薬を撒いて、たくさん機械を使って仕事するのは、効率的、能率的だし、でもそれをやってもなかなか農業は、他の職業に比べると、経済規模や利益の幅が小さかったりして、なかなか大変な仕事だと思うので、その中でより大変な事をしようとしている人たちは、なんでそういうことをするのかというのは僕の中では興味があるんですね。一般的な農業経営をしている人たちとは全く違うやり方をしている人を訪れて話していると、彼らは優しいんですよね。それは人にも優しいし、土地や環境やあるいは他の動植物にも優しいし、その配慮があるというか、こういう人に会うとすごく刺激を受けるんです。僕らの飲食業はそこが中心にないと成り立たない職業なので、お客さんに対して、あるいは食べにきてくれた人に対してどうやって僕らが思いやりを持って接せられるかが、何を作るとかどういうものを出すかよりも重要だと思っているんですよ。そうするとそういう方々からもらった学びとか、その時に影響を受けた考え方みたいなものはやっぱり自分の中でもいきづきますし、それと同時にその人たちが作ってくれたものが目の前にあって、それを僕らも大事に扱いながら、食べてくれる方々のことを大事に思いながらやっていくうちにどんどんそっちの方に興味というか、関心が偏っていくのが最近の方向性ですね。かといって農薬を使っている人が駄目とか、あとは化学肥料を使っている人が駄目とは僕は言いたくないんですよね。なぜかと言うと、それが生まれる理由は必ずあったと思うし、そこは無視できないなと。でも、そういう中で、より人に対してとか、相手に対して配慮のある形で農業をやられている方と話していると気持ちがいいですね。そういう方々から野菜、果物とか家畜もそうですけど、いただくのは、やっぱり僕らも気分がいいし気持ちがいいし、あとはその素材を大切にしようと思いますし、いいことづくしですね。それは多分、食べてくださっている方にも届いていると思ってやってはいます。


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