編み物は、ちっちゃなヨガ!
平松洋子(作家、エッセイスト)×三國万里子(ニットデザイナー)
2022
11.18
日常にあるヨガ的な時間
編み物といえば、おばあちゃんがするものだったり、趣味というようなイメージもありましたが三國さんは、それを覆し、アートとしての編み物の地位を確立されました。また、近年では、ニットセラピーという言葉も生まれて、リラックスや癒しの効果があると言われていたりもします。3歳から編み物をはじめた三國さんにとって、編み物とはどんな存在なのでしょうか。
- 三國
- 幼い頃は、売っている編みぐるみキットや少女雑誌に載っているセーターを作っていました。そういうことが楽しかったです。作ってしまったのは自分では着ないんですよ、母親に押し付けちゃって。
- 平松
- もちろん不即不離のことだと思うんですけれど、手を動かして、その先に何か物が生まれるというか、ゴールを目指すのが大事だったんですか? それとも編んでいる最中の行為が大事だったんですか?
- 三國
- その両方があるんですよね。仕事になる前はなんかわかんないけど編みたい時はよくありました。だから編むことの心理的な効用みたいなのは確かにあると思います。
- 平松
- 子供の頃に、リリアン編みがなんで好きだったのか、単に流行だったわけでなくって、やっぱり無心になれるような快感が好ましかったと今、思います。
- 三國
- 今ふと思い出したんですけど、保育園の時に1人で歯医者に通わなくちゃいけなかった時期がありました。歯医者の薄暗い待合室で大人に交じって、子供が待っているのは不安なんです。いつもその時に編み物を持っていったんです。そうすると「まりこちゃーん」って呼ばれるまで耐えられるんです。集中して怖さを忘れるっていうんでしょうかね、そこに没頭して安心する。ちょっとした繭玉の中に安心して入れるような感じはあるんでしょうね。
- 平松
- 私も大人になってからですけど、本を読むとちょっとどっか違うところに行けるのはあるんですけど、今お話を伺っていて、手を動かす編み物の秘密はやっぱり脳と手先が巡回しているというか、そういう運動みたいなものがあるんでしょうね。
- 三國
- ちっちゃいヨガみたいなことかなと思ったり。
- 平松
- ちっちゃいヨガ! 今、絶句して言葉が出なくなりました!
- 三國
- ヨガ的な感じは料理の時にはありますか?
- 平松
- 私、アクを引くのがすごい好きなんですよ。煮物とか、これから冬場になると、いろいろ鍋を火にかけておくのはほっとするし、そもそも温かいので好きなんですけれど、その時によし! と思うのはアクを引く時に、一瞬、集中するんですよ。すごい空白になるというか無になる。それでスーッと引くじゃないですか、その瞬間がものすごい好きなんですよ。アクを取り除いて綺麗にしたいとかではなく、アクを引きたいんです。
西荻窪案内!
- 三國
- 私、西荻窪に行って飲食店に入ってみたいと思うんですけれども、洋服屋には躊躇しないで入るんですけれども、食べ物屋さんに入るのが怖くて、ぶりっ子みたいですけど。
- 平松
- 喫茶店はいかがですか?
- 三國
- 喫茶店はドトール主義です。喫茶店も憧れがあるんですけど、なかなか自分1人で入るのが気が引けて、高校の頃に新潟市内に出かけようとする時に母に「喫茶店に入っちゃダメ」と言われた記憶があります。あと、映画も「女の子1人で行っちゃダメ」と言われた記憶があって、それを引きずっているわけでもあるまいにと思うんですけど。
- 平松
- 何かの呪いがかかっているんですね。
- 三國
- 苦手意識があるので、ぜひ入りやすくて、美味しいところを教えてください。
- 平松
- 私が週に3〜4回は行く喫茶店が、「JUHA」です。何がいいってレコードがかかっているんですよ。ピアノ曲も多いし、いろいろかかるんですけど、空気のように、スピーカーから聞こえてくる音楽が本当に心地よくて、とっても小さなお店ですけれどそこに行ってボーッとするのが大好き。コーヒーもとっても美味しくて自家焙煎で、小一時間くらい、その間にレコードが3枚ぐらい聴けるかな。駅から歩いて3分ぐらいのところですけれど、「JUHA」の店主はカリウスマキの映画がすごく好きなのでそこからとった店名です。
- 三國
- それだけで良さそうですね。
- 平松
- 1人で来る人がすごく多いんですよね。みんな適当に時間を過ごしています。西荻窪は、個人商店で成り立っている街なので、八百屋さん行って野菜をちょっと買ったり、お肉屋さんとか、バラバラにみんな狭く小さくやっていて、だからほうれん草はこことか、和菓子はこことか、そうやっていくうちに自然にひとまわりできるんです。大学時代から住んでいて、すごく長いんですけど、一生そこから出ずに終わるだろうな。
- 三國
- 同じ町内にある喫茶店に通うという感覚が新鮮でした。
- 平松
- ええ。本当! 私は、高校生ぐらいの時から1人でどこかに行くのが本当に救われる行為の一つだったんですよね。だから1人になれる、ぼんやりするのがとても大事なことで喫茶店もコーヒーを頼めば1人になれる、時間が手に入る、そういう場所だと思っていたから、1杯のコーヒーが600円だとすると、その600円を支払って居心地のいい空間で自分の時間が美味しいコーヒーとともに手に入るみたいな感じですかね。だからあんまり喫茶店に入るというよりも自分の時間を手に入れるというか、持つみたいな感じだから、西荻はそれが喫茶店でなくても本屋さんもそういう感覚になれるし、普通の中華料理屋さんもそういうところがあるし、やっぱり家族経営で小さくやっているお店ばかりだから、そこがいいんですよね。
三國さん、初めてのエッセイ集『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』を新潮社より、また、平松洋子さんの著書「いわしバターを自分で」は文春文庫より、それぞれ発売中です。