編む時に気をつけていること
平松洋子(作家、エッセイスト)×三國万里子(ニットデザイナー)
2022
11.04
編み物から人柄を感じる
平松さんは、今回、三國さんとの対談にあたって、スタジオに”とあるもの”を持参してきてくれました。
- 平松
- 私はもちろん編めないんですけど、編み物を何か持ってこようと思って、旅先で買ったものを持ってきました。
- 三國
- ふんわりとした軽さ!
- 平松
- ベルリンで下宿先からいろんなところに行く時にいつも通る橋のたもとに50代後半ぐらいかな、女性が自分で作ったものをいくつか並べて売っている露店がありました。そこで、これが目に入ってきたんです。首に巻くものですよね。
- 三國
- ケープの小さいものみたいな感じです。細編みで編まれていて、野生味のある黒にちょっとグレーと白い長い毛が混じっていて素敵です。
- 平松
- 本当ですか!嬉しい。1回通りかかった時、ぱっと見て、素敵だなと思って。模様も何にもないし、本当に地味な色で、巻き付けるマフラーでもないし、タートルネックの首から肩にかけての部分が長く編まれている。
- 三國
- ボタンホールを開けてないですね。好きなボタンを入れてという。
- 平松
- だから、自分で位置を変えられるんですね。
- 三國
- この目分量で作った感じ。
- 平松
- 自分の中で何か作りたいものが、既にあって、それをガーッと編んでいった、そういう手の動きが感じられます。
- 三國
- そうですね。編んだ人は、外周の作り目をした後で、自分の型に沿わせながら作っていったような、編み図がある感じには見えない。編み物する人は、ここら辺で何%減らしてと傾斜を作っていけるものなので、きっとこの方はそういうふうに毛糸の太さを考えながら作っていったんじゃないかなと思います。
- 平松
- 大きい襟にも見えるし、肩掛けみたいにも見えるし。
- 三國
- ヨーロッパは、襟だけ編む文化があるので、それを毛糸でやってみた感じもするし、これはいいですね。
糸に人格が宿る?!
平松さんと三國さんの出会いは、三國さんが2016年に『うれしいセーター』という作品集を発表された時。この時は、平松さんのリクエストに答える形で、三國さんがセーターを編んでいきました。
- 平松
- あのセーターは、フワッして、もちろん袖を通して着ているんですけど、段々着ていない感じになるんですよ。
- 三國
- 着ていないようなセーターが欲しいというリクエストをいただいたので。
- 平松
- 自分が思っている通り、気持ちのままに伝えた方がいいなと思って、やっぱり、着ていないような心地のセーターは無理な話と言うと変だけど、難題で、どうかなと思ったんです。セーターが好きなのに手が伸びなくなる経験があったんですよね。セーターを着る時に肩が上がったり、肩が凝っちゃう。でも、出来上がってきたセーターは、着ているのに涼しかったんですよ。セーターを着ている感じがしなかったんですよ。すごく不思議だった。もちろんあれからもずっと着させていただいているんですけど、セーターは保温性があって暖かいのに熱がこもらない、いつも不思議だなと思って着ています。
- 三國
- ありがとうございます。あれは毛糸の成せる技だと思います。すごく古い紡績の機械で、北欧の羊の毛を紡いでいるんですけど、紡ぐスピードがゆっくりなので、強さが出ない不思議な糸。なぜかということは私も説明できないんですけど、あの毛糸はちょっと特殊な気がします。平松さんに編んだ糸は、「オステルヨートランド」というメーカーの糸で、ちょうど今私の手元にあるケープにも似たふんわりとした軽い糸だと思います。
- 平松
- その糸自体が持っている人格みたいのがあるんですね。
- 三國
- あると思います。あと、あんまりかっちりと編まないようにしようとか、作る人の気持ち次第でできるものは変わってきますよね。セーターを仕事として編むようになって一番気をつけるようになったのが、編み地のきつさ、緩さのテンションかもしれないです。ちょうどいい頃合にこだわらないと、結局、着られるものにはならないとわかるようになったのは何十枚も作った後のことだったと思います。ものを作るのは面白いですから、最初のうちは乱暴に作ってしまうんです。できるのが嬉しいから気が急ぎますし、早く見たいし、でもそこをぐっとこらえて、人に着てもらう、そこファーストで作れるようになったのは仕事になってからだったと思います。
三國さん、初めてのエッセイ集『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』を新潮社より、また、平松洋子さんの著書「いわしバターを自分で」は文春文庫より、それぞれ発売中です。