今、ブルースを歌う理由
佐藤浩市(俳優)×三島有紀子(映画監督)
2022
03.11
この度、佐藤浩市さんはキャリア初のヴォーカル・アルバム「役者唄 60 ALIVE」を発表しました。なぜ、今、彼は歌うのでしょうか。
先輩俳優・原田芳雄さんの存在
- 三島
- 私、最初に見た原田芳雄さんの映画が藤田敏八監督の『赤い鳥逃げた?』だったんですよ。芳雄さんがギターで歌うシーンがあって、何かが届くなという思いがあって、その後に『魚影の群れ』のエンディング曲が芳雄さんの歌ですよね。そこから芳雄さんの歌が聞きたいという思いの中で、高校か大学1年生の時、大阪で「夢の乱入者」という番組がありまして、そこの最初の公開収録が原田芳雄さんのライブだったんです。どうしても行きたくて、私はその番組スポンサーの社長さんに会いに行って、このライブが見たいのではがきを1枚下さいと言って、それで聞きに行って最初に生で聞いたのが、『蒼い影』だったんです。その時に号泣した覚えがありまして、その流れでずっと好きだったので、浩市さんが芳雄さんの歌を歌ってくれるのは、長い年月の中でめちゃくちゃ嬉しかったです。
- 佐藤
- 正直、芳雄さんや優作さんのライブを最初に聞きに行った時、まだ僕が20代の時と晩年の芳雄さんの歌のうまさが段違いですよ。大変申し訳ないけど、昔から味はありましたよ、あの時のアウトローな役者さんたちはみんなブルースだったけど、芳雄さんと近くなって、見に行った時に芳雄さんの歌のうまさにびっくりしちゃって、うまいというのは語弊があるよね。
- 三島
- 表現力ですかね。
- 佐藤
- 伝わり方というか届き方というか、誤解がある言い方だけど、芝居はその人のセンスかもしれないけど、歌は、努力だと僕は思っているんですよ。歌は努力によってどんどん育まれていく。
- 三島
- 今回、なぜアルバムを作ろうと思ったんですか?
- 佐藤
- 芳雄さんは、 2月28日、うるう年の生まれで、没後、江口洋介とかみんなで集まって追悼ライブをやる時に、本当に五十の手習いで急に歌をやり出したのがきっかけだったんだけど、それから、結局10年以上、年に1、2回、ライブをやって、60歳の記念でアルバムを作らないかという話が出て、最初、僕の中で、ちょっと気分的にコロナもあって、やる時ではないなというのがあって、一回流れかけた時に、芳雄さんの曲を中心にやってみないという話が来た時に、リンクするものがあって、それで作らせていただいたんですよ。
- 三島
- 芳雄さんのソウルみたいなものを感じたいのがあったんですかね?
- 佐藤
- まあ伝承でも継承でもないけど、繋げていきたいという思いはあった。
いつでもゲロ吐きそうな気分でやりたい
今回、アルバムの中で、佐藤さんが歌うのは、ブルース。歌との縁を繋いでくれたという原田芳雄さんゆかりのナンバーを中心に、新曲も含めた9曲が収められています。最近の音楽シーンにはなくなってしまった男臭さや不器用なかっこよさなど、さまざまなイメージを演じるように表現しています。
- 三島
- この時期に、芳雄さんの歌を継承するのはすごく大きい意味があると思っていて、基本的に芳雄さんが歌っていたのはブルース。自分も中学の時にアメリカ民謡クラブに入っていたから、その頃からずっと聞いていたけどB.B.キングが、「なぜあなたはブルースを歌うのか」と聞かれた時に「悲しいことがあるから」と答えたんですよね。まさに今、コロナで、映画も中止になったり、職を失われた方もいらっしゃるし、悲しいことが蔓延している時に浩市さんがブルースを歌うことにすごい大きな意味があると思って、このアルバムを聴いていたんです。
- 佐藤
- 芳雄さんの中でも選曲も偏っていて、
- 三島
- 「横浜ホンキー・トンク・ブルース」や「ブルースで死にな」とかですよね。
- 佐藤
- 「朝日のあたる家」があったり、
- 三島
- 名曲ですよね。
- 佐藤
- ちあきなおみさんバージョンだとまた全然違って、それが芳雄さんだと、母親に対する思いや町にあった朝日のあたる家の話、実際に、朝日があたっていたのか、いないのか。そんな風な歌詞になっていたりしています。
- 三島
- 浩市さんがお芝居に向かう時と歌に向かう時、何が一番違うんですか?
- 佐藤
- 歌と芝居でも一緒だけど出番を待っている時にゲロ吐きそうな気分、それがだんだん慣れてくるとね、なくなってくるんだよね。いつでもゲロ吐きそうな気分でやりたいだけど(笑)。
- 三島
- 芳雄さんを見ていたり、芳雄さんの流れの中の人たち、映画人たちを見ていると、芳雄さんの歌に込められている魂の叫びと言うと今、くさいと言われそうですけど、魂の叫びが継承されているような気が聞いているほうからするとしますけどね。
- 佐藤
- 僕は結局、芳雄さんの歌でも、例えば本当にアンタッチャブルなのもあるわけですよ。やってみたいけどちょっとまだ俺にはできない、芳雄さんの「愛の讃歌」を聞くと、これはまだできないと思う。それが伝わるのが芳雄さんの歌だと勝手に思っているんですけどね。
- 三島
- この域に達するまで、この歌をとっておくという考え方は、未来があっていいですね。私、実はNHKを辞めた時に緑山のスタジオで浩市さんお見かけしているんですよね。昔からずっと映画を見ていて、いつかご一緒したいと言いたいわけですよ、だけど自分が映画を撮れるようになって、実際にお願いにあがる時に会わなきゃいけないとあの時、思って、未来に託した思いがあるので、同じくとっておいた感じですね。
- 佐藤
- なるほど、「愛の讃歌」だったんですね。
- 三島
- 「愛の讃歌」です(笑)