コロナ禍がもたらした急速なデジタル化や価値観の変化
稲垣えみ子(フリーランサー)×山極壽一(総合地球環境学研究所所長)
2021
12.03
人間もデジタル化
- 稲垣
- コロナによっていろいろな価値観を見直したと思うんですけど、一方で、なんでもデジタルにすればいい、デジタルが人類を救うと言うか、全部デジタル化すれば全て解決的な論調もすごく大きくなっていると思うんですけど、先生はどう思いますか?
- 山極
- なぜ、デジタルが流行るのかというと、安定しているからですよ。遺伝暗号は4つの塩基でDNAの組み合わせで、遺伝のアルゴリズムが決まっているのね。ところが、人体はアナログなのね。デジタルがアナログを作っているわけ。面白いのが情報になる知識はデジタルですよ。だからどんどん入れ替えることができる。ところが、その感情や意識はアナログ。でも我々が今デジタルと言っているのは情報になるものを頭から引っ張り出して、それをAIとか人工知能によって、分析をさせて、期待値を出す。それはまさに信頼できる、変わらない情報だから、我々が頼れるわけですよね。アナログは不安定だから変わるかもしれない。そっちの方にどんどん行くと人間がデジタル化していく。人間という身体のアナログがどんどんデジタルに合わせるように変わっていってしまう。そうすると感情の部分は消されていくんですよ。どうなるかわからないから。さっきまで好きだと言っていたのに突然嫌いと言い出したり、デジタルはそういうことがないんですよ。それが我々にとって、イライラする対象になりつつあるわけだ。
- 稲垣
- 不安定なことが許せないということですか?
- 山極
- 例を出すと我々、付き合っていて、相手のことを知りたいと思っても、100%わからないじゃないですか。わからないから付き合うわけでしょ。わかりたいわけですよ。わかるとはどういうことかみんな分かってないんです。それを言葉で分かろうとしているのが今の時代です。
- 稲垣
- 言葉は勝ち負けをはっきりさせるじゃないですか?
- 山極
- 言葉は論理なんです。ロジックなんだよね。好き嫌いは、いい悪いではないのよ。落ち着くのも、いい悪いでない。言葉のそもそもの機能は、分けることだから、こっちはだめ、こっちはいいという形で分けるのね。当然、言葉を使えば使うほどデジタルの世界に我々は引っ張られていくわけ。でもその間に言葉にならないもの、例えば、スポーツ、音楽、食事、セックスも言葉にならない、そういう身体を使った、あるいは、他の五感を使った人間の行為を上手く取り混ぜていくことで言葉の持っているデジタル的なネガティブな効果を薄めさせることはできると思うね。
バーチャル世界の広がり
- 山極
- 人間は3つの自由を持っていると思っている。「動く自由」、「集まる理由」「語る自由」で、人間も動く動物ですよ、植物みたいに止まっていられない。貝みたいに閉じこもっていられない。毎日動いて何かと出会う必要がある。出会って、気がつくんですよね。人間は、気がつくことによって身体や心も更新しているわけで、それがないと人間は生きた心地がしない。一番、刑罰が重いのは独房で、動く自由、集まる自由、語る自由さえも奪ってしまう。これは、いちばん酷な刑ですよね。だから、毎日動いて集まって語ることができるような自由を行使して、社会を作ってきた。それを現代の若者にもやっぱり与えてあげるべきだと思うよ。部屋に閉じこもって、何でもできる押し付け型の便利を与えてしまうと人間としてせっかく進化や歴史の過程で獲得した3つの自由を手放してしまうかもしれない。「サロゲート」という映画では、人間がベッドに寝たままで、アバターになりきって恋愛もするし、商売もするし、スポーツもする。自分は男なのに女にもなれるし、老人にも子供にもなる。最終的にそのアバターの世界は崩壊するけど、そこまでいくぐらいに人間が持ち始めているわけです。代理を使えば、ネットの中だったら色々変身できるでしょ。実際にコスプレは、リアルな世界で漫画の世界に入り込む仕組みで、そういう事をみんな考え始めている。だから、今、僕は、パラレルワールドがひとつの信仰になってきたと思っている。思い返してみると、村上春樹の小説が1980年代、すごく世界で流行ったのは、あの頃、世界で宗教の力が薄れてパラレルワールドがだんだんと人々の心に染み込み初めてきた時代だと思うんだよね。コスプレもインターネットだって、変身した自分が別の世界で活躍する。でも、リアルの世界に戻ってこられる、そういうことが可能な世界が、今、実現しつつあって、若者たちがそこで楽しめる。eスポーツもあるし。