シンプルライフで見えた変化
稲垣えみ子(フリーランサー)×山極壽一(総合地球環境学研究所所長)
2021
11.26
集団の人数は150人まで!
- 稲垣
- 節電でいろいろなものがなくてもやっていける自信がついたので、会社を辞めたんですね。家もはじめての場所に一人でぽつんと暮らし、すでに家電製品もないし、家のお風呂もやめて、銭湯に行く。近くの古本屋が私の本棚と思い、街全体に暮らす感じにすればいいと思ったら、都会ですけど自分の中に全然ないと思っていたコミュニケーション能力がアップし、人に助けてもらわないと生きていけないので、急に友達が増えたりとかご近所付き合いができるようになって、すごく濃い人間関係の中で暮らせるようになったんですね。そして、先生の本を読んだら、大体150人ぐらいの顔見知りというか、そういう中で暮らしているのがいざという時に頼れる人がいて、安心な状態だって。
- 山極
- もうちょっと説明すると、ダンバースと言って、イギリスのロビン・ダンバーという霊長類学者で猿を研究している人が言い出したことで、人間の脳と猿の脳を比べると、脳の大きさは、10頭とか50頭とか、その平均的な集団サイズに匹敵すると分かった。人間の1500ccのくらいの脳は、どのくらいの集団で暮らすのに合っているかというと、猿の分析の結果からあてはめてみると150人という数が出てきたのよ。その150人はまだ言葉が登場する前の時代に作られたから、言葉で繋がっているのではない。だから身体で繋がっている。喜怒哀楽を共にしたとか一緒に共同作業をしたとかそういう身体の記憶で繋がっている。それは信頼が担保になっているだろうと。しかも、それは現代でもその以上の数にまで広がっていないことが分かったので、自分が何かトラブルに陥った時に相談できる相手の最大値が150人ぐらいだよね、これがダンバースです。
- 稲垣
- 人間の脳から言うと、そのくらいのサイズの中で生きるのが一番適している、ちょうどいい感じ。
- 山極
- ダンバースは、情報とか言葉で繋がっているのではなくて、音楽的なコミュニケーションで繋がると言っているんですよ。例えば、祭のお囃子とか、マナーとかエチケットとか方言とか、食事だとか服とか全部リズムと捉えれば、言葉や情報ではなくて、身体が作るひとつのリズムみたいなので繋がっている、それが150人。地域共同体と思っているわけよ。それがずっと変わってないかもしれない。
- 稲垣
- それは言葉とか情報ではなくて、匂いとかも含め、五感を使った全部の調子というか。
- 山極
- 地域の匂いもあるよな。お祭りの時に着ていく服とか盆踊りの時の身のこなしとかそれが共有されているという話だよね。
物を所有しない時代に?!
近年、「断捨離」や、「ミニマリスト」、さらには、ものを持たず「貸し借り」をもとにした「シェアリングエコノミー」といったライフスタイルも注目されています。山極さんは、そうした現代のシンプルライフと狩猟採集民の暮らしには共通点があると、説明してくれました。
- 山極
- 僕はゴリラを調査しながら狩猟採集民たちと付き合ってきたけど、所有物が全然ないんです。みんなシェアする。例えば、槍とか弓を持っていたとしても、ハンティングに行く際には、わざわざ貸すのよ。狩猟採集民的世界は自分でなんでもできるけどやってもらう。自分で全部をやらない。料理やハンティングは誰かに任せる、椅子を作るのも誰かに任せる、だから一緒にいるんですよ。
- 稲垣
- 自分でもできるんですね?
- 山極
- できる。女でもハンティングできるし、男でも料理ができるんですよ。だけどみんなでいるから誰かに任せる。大きくても150人くらいの集団で暮らしているんだよね。実際には40〜50人だけどね。それが集まると150人くらいになる。移動をしているから鍋とか、槍とか弓とかネットとか最小限のものしか持たないけど、今の若い人の生活もそう。自分の家に長いこと住まないなら物をため込むこともない。ネットで売り買い、あるいはシェアすればいいわけ。最近のSNSでは、何を見たかという経験とか行為をアップするから、価値が変わってきた。自分がやったことに価値があるわけで、自分が持っているものに価値があるわけではない。持っている物は溜めているので、結局使わない。お金は一番いい例で、みんな大金持ちになりたいなんて思っていないじゃないですか。そこがちょっと変わってきたと思う。
- 稲垣
- 確かに所有は、みんな飽き飽きしている。
- 山極
- そう。つまり、便利なものに囲まれていると、使わないといけない。使わなくていい物をいっぱい置いておくことは、便利が不便を作っているんだよね。何もなければやりたいことをその場その場で瞬間的に思いついてやればいいのね。精神的にもシンプルじゃないの。
- 稲垣
- そうですね。私は電化製品を使ってない話をいろんなところですると、「いいですね」とか、「憧れます」とか言ってくれる方が多いだけでも時代は変わったと思うんですけど、自分で実際にできるかと言うと、「そこまでは出来ない」と多くの方がおっしゃるんですね。でも私は、不便だけど逆に面白いし、逆に便利になったところもあリます。
- 山極
- 一般の人たちが誤解しているのが、実は、シンプルライフはものすごく頭を使わないといけないこと。薪一本を取ってくるのも燃える木と燃えない木がある。紙なしで尻を拭くにも、尻に痛い葉っぱと、優しい葉っぱがある。自然界にどういうものがあるかを知ってないといけないし、魚を釣るにしても、最新の竿を使っても釣れない淵があるわけですよ。どういう工夫をしないといけないか、何時頃に魚のお腹が空くとか、そういう自然界の出来事を時間帯に沿って頭に入れながらそれに適した方法を講じないと自分がやりたいと思うことができないのよ。すごく雑多な知識があって、それを応用可能な形で頭の中に整理しておかないとシンプルライフはできない。シンプルライフはプリミティブなところに戻るのではなくて、もっと頭や体を複雑に使う進化の方ですよ。