母としての思い
河瀬直美(映画監督)×辻村深月(小説家)
2020
11.13
母もしんどい
- 河瀬
- 普段、母としてどういうことに心がけてる?
- 辻村
- 出産前は出家するみたいな気持ちだったんですよね。出産した瞬間から母親という清らかなものになり、自分の物欲や自分の楽しみもなくなるみたいな気持ちになってマイナス面のことばかり考えてたんですよね。実際に出産してみたらまず、可愛いのと、楽しいことなんてないと思ってたのに、楽しいことがある。負のニュースを見すぎてたところがあったんですよね。まず、思ったのが子供がいるからって言って、子供と一心同体の存在になるわけではなくて、私の人生は私の人生だし、子供の人生は子供の人生で、子供の人格が自分の人格ではないし、子供は個性があることにまず気づけたと言うか。それなので、今もなるべく人として扱って喋ろうとは決めていて、いろんなご家庭がそういう気持ちでいると思うんですけど、お母さんだからと言って、全部完璧にするのではなくて、お母さんもこんな人間ぽいところがあるのを全て見せていこうと。
- 河瀬
- 私も、母ちゃんはしんどい(笑)。今、息子は、16歳になったけど、昔、小学校、低学年くらいかな、その時に「しんどかった辞めたら」って言われて、それもあるかみたいな(笑)。
- 辻村
- そんなお母さんに声がけできる子になってるのが素晴らしいですね。
- 河瀬
- いつも言うのが、「母ちゃんはうっかり母ちゃんだから頼むよ」と言われ、逆におんぶされるみたいな感じでやってるかな。
- 辻村
- 何度かお会いしてるけど、すごいしっかりしている。どうしたらこんな風に育てられるのかな。
- 河瀬
- 私は「もうダメだー」とか言ってしまいますね。
- 辻村
- わかります。私も子供とどっちを食べるかになった時に「こういう時に親は譲ってくれるもんじゃないの」って、聞かれて、でもお母さんもチョコ味がいいからみたいな。
- 河瀬
- 本気で争ったりするよね。
困難を抱えたら
現在、辻村さんによる原作で、河瀬さんがメガホンをとった、映画「朝が来る」が公開中です。「特別養子縁組」というテーマを扱い、血のつながりのない母親の葛藤や、子供を育てることのできない母親の悲しみ、ままならない運命に翻弄される苦悩も描かれています。お二人は、現実の中で、困難や不安に直面したとき、どのように立ち向かっているのでしょうか。
- 河瀬
- 困難とか、いろんなことに深月ちゃんもぶち当たる時があると思うんだけど、そういう時どういう風に解消をしてるの?
- 辻村
- やっぱり自分の目の前の仕事と生活のことで何かぶつかった時、自分の目の前のことばかりを考えているからきっと行き詰まっちゃうんですよ。そういう時にやっぱり思い切って没頭できる映画を見たりとか、小説を読むと、登場人物の気持ちで涙が流せたりして、それが遠いようなんですけど、結局自分の生活に戻った時に、どこか心が別の世界に旅立った後の方が目の前のことに対して向き合えたり、立ち向かえる気持ちになるところもあるので、そうやってフィクションの世界に助けてもらうことがすごく多いですね。
- 河瀬
- どうにもならない現実は絶対あると思うから、それをどうにかしようと思うことでしんどくなるんじゃない。昔の人がよく言っていたけど、ちょっと居場所を変える、時間をもうちょっとかけるとか、そんな感覚でいると今そのものにそんなに苦しまなくてもいいのかなと思ったりするし、社会が他者に対して寛容ではない。何かのせいにしたがったりとかするけど、そういう状況は自らが作り出してたりするから。
- 辻村
- そうなんですよね。やっぱり人の事が許せない時は俯瞰してみると自分の事が許せなくなってるから、自分が人に何か言われないようにちゃんとしなきゃと思いすぎた結果、それが他者に向かっていたりが多い気がして、やっぱり目の前のむきだしの現実を生きる事は、本当にしんどいし、大変。
- 河瀬
- 生命としてはきっとまずは自分を守らないと、他人にも優しくできないと言うか、自分が元気出ないとまさに子供は自分が病んでる時に限って余計大変な状態になったりするから、本当にまずは自分が安らげる場所をひとつでもいいから確保する。この人だけは、本当に本音で話せる人を見つけるとか、単純なんだけどそういうことを見つけていきたい。今回、コロナ前と今は、withコロナで、この「朝が来る」を見た時、大きく変わるんじゃないかなと思う。今言った他者に寛容でないとかは、「朝が来る」の中でも登場人物たちが社会の中で翻弄されて、居場所さえなくなっていくような体験をするけど、そういう時に彼女を救うとか、そんなに大きなことでなくてもいいんじゃないかということに気づくような気はするんだけど。
- 辻村
- 公開が延期になった時は、コロナ禍の年であることに、心を痛める部分もあったんですけど、今こうなって、あの春と夏を超えた今だからこそ、見た人の心に、より強く入り込む作品になっているな、という風に思ったんですよね。一つ一つの景色にしても、あとやっぱり長い他者の人生の中での季節感とか、真っ暗い中を疾走するシーンがあるんですよね。あそこも今思い返すとこの秋に見るからより胸を打つところがすごくあるなと思って、そこからのラストは、やっぱりみんなに観て欲しいなと思います。
- 河瀬
- エンドクレジットの最後の最後まで観ていただけると私は本望。そこにこそ大切なメッセージが。
- 辻村
- 絶対に帰らないで!
- 河瀬
- 立たないで!
- 辻村
- 私は最後まで見終えて、前の席に監督が座ってらして、本当に泣きながら「ありがとうございました」っていうのも伝えたのが、すごく自分の作家人生の中でも折に触れて思い出すだろうなと思います。
映画「朝が来る」は全国ロードショー中です。