血縁を超えていく

河瀬直美(映画監督)×辻村深月(小説家)

2020

11.06

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特別養子縁組を知る



この度、辻村さんが原作を手掛けた「朝が来る」を映画化した河瀬監督。お二人の共鳴によって完成されたヒューマンミステリーになっていますが、この中で描かれるのは、特別養子縁組で芽生える絆と葛藤。特別養子縁組とは、生みの親との法的な親子関係を解消し、養親と養子に実の親子のような関係を結ぶ制度。ヨーロッパに比べて、日本ではまだ成立する件数も少なく、広く知られていないのが現状です。

河瀬
日本は、養子縁組に関して寛容ではないと言うか、血の繋がりの方が重要みたいなところがあるけど、この小説を書くにあたり特別養子縁組は、知ってたの?

辻村
小説を書く時にだいたいが自分の中から出てきたテーマについて書くんですけど、「朝が来る」だけは直木賞を受賞した直後ぐらいに「辻村さんに書いてほしいテーマがある」と編集者の方が持ってきてくれたテーマだったんですよね。不妊治療については、やっぱりすごくメディアで言われるようになってきたりちょうどその頃は卵子の老化についての特集番組が組まれたり、普通の女性誌でも体の特集が増えてきたりしていたので、自分もいつかは書くかもしれないと思っていたら、編集者から「夫婦が養子をもらう話を」と言われて、養子は河瀬さんがおっしゃったように日本で暮らしていてあまり聞かないと言うか、その時はやっぱり考えたことがなかったので「調べてもいいですか」と言って調べていくうちに自分は血の繋がりが絶対だとは思わないし、血の繋がりがあるからこそ甘え合ってしまって対話をしなくても相手の承諾を得なくても親が決めたら、それに従うのが当たり前と考えていいと思ってしまったり、血の悪い部分というか甘えの部分についてずっと戦うような気持ちで小説を書いてきたところもあったので抵抗はないし、きっと先入観も特別に持っていないと思って調べ始めたんですけど、実際が私が思っていたこととすごく違うことに気づいて。例えば、養子で迎えたことについては極力隠すのではなくて、特別養子縁組を斡旋する団体の方たちは、皆さん仲介する時に真実告知という子供が小さいうちに伝えていく事を推奨されていたり、その子が養子であることは周りのご近所の人や幼稚園の先生とかもみんな知っていて、子供にももう一人お腹で育ててくれたお母さんがいるんだよって伝えている家庭がすごく多いことを知って驚いたんですよね。

河瀬
子供にとっては、どちらかを選ぶって言われた時に何かが減る感覚になるんだけど、「もう一人いるんだよ」と言われたら増える。だから僕には私には「母ちゃんが二人いるんだね、ラッキー」みたいな。こうやってたくさんの人に育まれていると思うと、みんな凄い穏やかで、私も撮影にあたって実際に何組も見てきたんですけど、すごい仲良くて、顔も行動も似てくる。私が取材して映画の中にも登場してもらってる方は、おじいちゃん、おばあちゃんも認めて、“我が太陽”と言っているのね。その存在自体が、血、血縁を超えていく。家族は、きっと血の繋がりだけではない何かもっと特別な日々の時間があるんだろうなと改めて思ったんだよね。


映画の醍醐味



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辻村
実のお母さんは、一緒にいないけど家族。河瀬さんに言われたみたいな増える感覚で暮らしていくと、「お母さんはどこにいるの?」と聞かれて「広島だよ」って答えたら天気予報見ながら「広島のお母さんのところは晴れかな」とか、そうやって、実際にいない人が住んでる地域の天気すら心配しながら暮らす感覚が私の持っていた先入観をはるかに凌駕してくると言うか。なので小説はやっぱりひどいことが起こったり、嫉妬が描かれていたりするとすごくリアリティがあるとか言われてしまいがちなんですけど、必ずしもそうではない。実際には困っていた人がいたら手を差し伸べたり、感謝をする感覚が本当なんだとしても、それの方がむしろのフィクションの中で伝わりにくいんだとしたら、そこにリアリティをもって、この物語を書きたいと思ったんですよね。

河瀬
私たちも含めて気づかされたこともあり、この映画を見てもらったり、小説を読んでもらって、変わっていく。現実の感覚が変わっていく可能性は大いにあるのかな。

辻村
そうですね。社会的な問題を扱っているものについてフィクションで描くことの意味は、やっぱりどんな数字を積み上げたりとか、どんな事実がある事を羅列しても伝わらないものを誰かの強い一人の物語に託すことによって見てくれた人が勉強したつもりではないのに見終わったら、世界の見方が変わってる。それが、私の思うエンターテイメント。

河瀬
映画館に入る前の感情とその映画を見終えた後の感情にほんと少しでもやっぱり変化が生まれて、その人の日常の地平に何かが変わっていくことが大事だと思っている。

辻村
映画は、2時間とか2時間半、つきっきりで、その人たちの人生を伴奏して生きる作業でもあると思うんですね。今回の映画を見終えた時も皆さんがものすごい長い人生の旅をそれぞれに対して、終えてきてくださったのがフィルム全体から伝わってきて、他のものを見た時よりもよりその人の人生に没入した感が強かったですね。原作者として送り出す時に、原作そのままを私が見たものを頭の中で見ていたものを再現してくださいではやっぱり意味がなくて、自分が見ていたものを超えてくれる、その続きを見せてもらえるような気持ち。それを見せて欲しいという気持ちで送り出すところがあるので。

河瀬
そのポイントを探してました。そして俳優たちがそれを自ら出してきてくる瞬間があるのね。順撮りしてるから、そして脚本からやっぱりはみ出た部分でセリフを言い出す瞬間があって、その時は「本当に見つかった」って感じがした。私もモニター見て泣いてるし。


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映画「朝が来る」は全国ロードショー中です。


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