歴史の闇に挑んだ理由
黒沢清(映画監督)×蒼井優(女優)
2020
10.02
10月16日から公開になる映画「スパイの妻」でタッグを組んだおふたり。舞台は、太平洋戦争開戦間近の日本。国民がすべて同じ方向を向くことを強いられるような不穏な空気が支配する中で、主人公は抗えない時世に飲み込まれていきます。
社会の制約を描くのに適した時代設定
- 黒沢
- こういう時代のものは、前から一度撮ってみたいと思っていました。そう思っていた理由は、わりと単純なことで、想像するに戦中ですね。1940年代前半、やはり世の中がかなりギスギスして、人間そのものは変わらないんですけども、世の中の社会の状況がかなり緊迫していて、これはやってはいけない、これは言ってはいけない、国はこういう事をしろと押し付けてくることが、わりと目に見えてはっきりしていた。そして、自分はどうするのという時代だったと思うんですね。現代のドラマですと基本的に何をやってもいい、服装も自由だし、人は自由に生きてるように一見みえる。でも本当にそうかというと、現代の中では隠されたいろいろな制約とか、実は言ってはいけないこともある。でも現代でそれを目に見える形で映画の形で描くのは、すごく難しいと前々から感じていたんですが、時代を少し変えれば現代にも通じる社会と人間の自由みたいなものがすごく目に見える形で描けるかなと思っていたのでやってみたかったんです。
プロの俳優の瞬発力
映画「スパイの妻」で蒼井さんが演じた聡子の夫:優作役は、高橋一生さん。満洲で恐ろしい国家機密を知り、妻の知らない別の顔を持ち始めます。一方、夫が反逆者と疑われる中、愛する夫を信じ、ともに生きることを心に誓う聡子。すでに共演経験のある蒼井さんと高橋さん。時代のうねりの中で翻弄されながらも強い絆で結ばれた夫婦象を演じきりました。
- 黒沢
- おふたりのコンビネーションは何度かやってらしたというのもあったんでしょうけど、僕は高橋さんは初めてだったので、信頼はしていたんですけど、正解はよくわからない中でどうなるんだろうと多少ヒヤヒヤしたんです。けれど、撮影の2日目にして最大の山場かもしれないぐらいなシーンがあったんですね。高橋さんに関しては劇中で最も長いセリフをずっと言うようなとこがあって、聡子もそれを受けながら激しく返していく、だんだん聡子もワンシーンの中でどんどん変化していく場面。でも山場が最初の方にきてしまうことは、映画の撮影ではけっこうあるんですね、スタッフもまだまだ緊張していますから、これを乗り切るんだという意気込みでやったら、ふたりがサラサラサラサラとね、全然オッケーだという手応えをいただいたので、ちょっとドキドキしましたけど、本当よかったです。俳優は大変だったと思うのですが、おふたりは絶妙のコンビネーションですね。演出は何もしていなくて、このセリフはここで言ってとか、このセリフを聞いてる時は、ここまで来て、座ってくれとか、そういう指示を出すだけです。ただそのシーンがすごく長いので、最後までいきつくのはなかなか大変だったと思うんですけど、2、3回やったらOKでしたね。すごいもんですね。ああいう時のプロの俳優の瞬発力とか。
- 蒼井
- 一生さんが完璧に準備されて来られてたから、後ろを走って付いていった感じでしたけど、2日目なのは辛かったですね。ちょっと大きく役のシーンを捉えているのをどんどんのこれが正解、不正解として、真ん中が強くなって端を切り落として、筋を細くすっと通していくため作業をみんな、していると思うんですけど、それができてない中で、あの大事なシーンの撮影だったので、わーって思いながら、家、帰ってからもあれで良かったのかと答え合わせを自分の中でやっていかないと間に合わないスケジュールでもあったので、一生さんが相手役で本当に助かりました。
- 黒沢
- それでも観た方、撮っている側も、一生さんに引きずられたとはいえ、蒼井さんがすごくて、映画の前半部分の高橋一生さんが満州で経験した出来事を長々と喋るシーンですが、観た人はあそこで、やっぱり蒼井さんにぐーんとくるみたいですね。
- 蒼井
- ありがとうございます。
映画「スパイの妻」は、10月16日より 新宿ピカデリーほか全国ロードショーになります。