矢野顕子の味、伊藤まさこの味
矢野顕子さん(シンガーソングライター)×伊藤まさこさん(スタイリスト)
2017
11.12
おふたりとも、確固たるスタイルの持ち主ですが、自分らしい表現は、どのように確立されていったのでしょうか?アイディアの源にも迫っていきました。
生まれて初めて買ったレコードが矢野さんの曲だったという伊藤さん。矢野さんの大ファンとして、唯一無二の音楽が生まれる裏側を聞かずにはいられません。
矢野顕子さんは、11月29日に7年振りソロ弾き語りアルバム「Soft Landing」をリリース。
伊藤まさこの「AERA」での連載が一冊にまとめられた「おいしい時間をあの人と」は朝日新聞出版から発売中です。
好きなものに囲まれる生活
- 伊藤
- わたしはもともと料理のスタイリストなので料理を作るよりは料理を作る人を盛り立てるというか、この料理にはこのお皿が合うんじゃないかとか、スタイリストはその場の景色を作る人という感じなので、自分では何も作らず、あるものでコーディネイトをして自分っぽさを出すというと大げさなんですけど・・・。
- 矢野
- それは自分の好みになるの?
- 伊藤
- 場合によってなんですけど。自分の本を作る場合は、自分の食卓の風景なんですけど、料理家がいる時は、その人の食卓だったら、どうかなという風に作り上げます。なので、まず、打ち合わせでも食器棚を見せてもらい、そこからちょっと借りるとか、なるべくその人の味を出す工夫をします。おもしろい仕事だなとおもうんですけど。
- 矢野
- そうだね。でも、リネンとかも全部でしょ?
- 伊藤
- そうですね。よく「アシスタントをつけないんですか?」と言われるんですけど、例えば、「白いテーブルクロスを借りてきて」と言ったら、その質感はその人には選べないじゃないですか。
- 矢野
- なるほど。
- 伊藤
- 同じリネンでも一回洗って、くたっとしたほうがいいのか、それともプレスしたほうがいいのかとかね。
- 矢野
- 違うもんね。
- 伊藤
- 生成りがかったものがいいのか、真っ白がいいのか、あまりわからないのかもしれないですけど、それがこだわりといえば、こだわりですかね。
- 矢野
- おうちには自分の気に入ったものだけですか?
- 伊藤
- はい。
- 矢野
- そうか、わたしも自分のシーツとか気に入ったものは何年も使っていて、真ん中とか薄くなっていてもまぁいいかと思っていたんだけど、お客さんが泊まりに来た時には、けっこうどうでもいいものを出してしまったりして(笑)。1泊したらすぐお洗濯だから出した時にはもう乾いてるくらいのものだったり。でも、だんだん、好きなものだけがあれば本当はいいんじゃないかとようやく最近思うようになって。勢いで買った派手な柄とかそんなに好きじゃないけど順番だから使っているというのを一回、置いて、本当に好きな洗いざらしの柔らかいリネンのを使うようにすると、幸せなのね(笑)。
生活の中から生まれる音楽
生まれて初めて買ったレコードが矢野さんの曲だったという伊藤さん。矢野さんの大ファンとして、唯一無二の音楽が生まれる裏側を聞かずにはいられません。
- 伊藤
- 歌詞を考える時は、その時の気持ちですか?ずっと頭の中にあって、ひとつの曲にまとまるのか、それともあっ!と急に思い出して、それが形になるとか?
- 矢野
- 曲によりますし、それぞれ違うかな。ぱっと思いつく言葉だって、どっかでいつも考えたり、その人となりからでてくるものだと思いますし、まったく自分とは懸け離れた言葉や考え方を曲にしようとは思ったことはないですね。
- 伊藤
- 恋愛の歌がそんなにないというか・・・。
- 矢野
- そうなんだよね(笑)。関心ないもの。
- 伊藤
- ドラマティックな普通では起こりそうもないことが歌では起こっているじゃないですか?そうではなくて、矢野さんが、本当に今、思っていらっしゃるんだろうことがすごく伝わってくるというか。
- 矢野
- たぶん詩を書く上で作家性というか、ちゃんと状況を考え、言葉を選ぶ能力がないっていうのもありますし、あまり関心ない。そのまんまのわたしの考え方や普段の生活から出てくるというものがそのままなんでしょうね。だから自分で料理を作る時もちゃんと計量して、材料を揃えるのが、すごく苦手で、バルサミコがないから醤油でいいじゃん!みたいなそういう行き当たりばったりになるんですね。
- 伊藤
- それが矢野さんの味になるんですよね。食べてみたいなぁ。
- 矢野
- それがうまくいく時と全然ダメだったかというときの差はありますね。
- 伊藤
- 他の方の曲も矢野さんのテイストになっていて、奥田民生さんの「すばらしい日々」も元の曲を思い出すのに2日くらいかかりました。
- 矢野
- 自分で演奏すると自分の味になるっていうのはそうですよね。
- 伊藤
- それがすごい矢野さんの味になりすぎているというか。奥田さんの歌を聞き返したり、また戻ったり、行ったり来たりして、ひとつの歌なのにこんなに違うのかとおもしろかった記憶があります。
- 矢野
- その歌のどこが一番の言いたいことか、それぞれみなさん違うわけで、もしかしたら作った本人の奥田さんとわたしは、違うかもしれない。でも、それはそれでいいと思うのよ。
- 伊藤
- そういうお話しはされましたか?
- 矢野
- 「すばらしい日々」に関しては作者と同じだったんですよね。
- 伊藤
- でも違ってもまたいいというか。
- 矢野
- そうそう。
矢野顕子さんは、11月29日に7年振りソロ弾き語りアルバム「Soft Landing」をリリース。
伊藤まさこの「AERA」での連載が一冊にまとめられた「おいしい時間をあの人と」は朝日新聞出版から発売中です。