Legend Story
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15.02.07
荒川静香

2006年、トリノオリンピック、フィギュアスケート女子、荒川静香は最初のショートプログラムで、アメリカのサーシャ・コーエン、ロシアのイリーナ・スルツカヤについで3位に付けていた。

迎えたフリー。
コーエンは、2002年ソルトレークシティオリンピックで4位とメダルを逃しながらも、2004年と2005年の世界選手権で銀を獲得して、トリノで悲願の金を狙っていた。
しかし、冒頭の3回転ルッツで転倒し、次の3回転フリップでも着氷を乱して手をつくまさかのミス。
フリーの得点は自己最高より14点以上も低い116・63と、伸び悩んだ。

荒川のフリーの自己最高得点は123・99。
最終滑走者に、前年の世界選手権女王のスルツカヤが控えている状況で、荒川の銀メダル以上の確立は高くなってきた。
そこで荒川は、優勝するために予定していた、序盤の2度の3回転連続ジャンプを、ふたつとも3回転2回転にする安全策をとった。
だが、ひとつだけ捨てられないこだわりがあった。イナバウワー。

イナバウワーは、両足のつま先を外側に大きく開いて、真横に滑る技。
柔軟な体を持つ荒川の、その姿勢から上半身を大きく後ろに反らせるレイバックイナバウワーは、彼女の演技の見せ場のひとつでもあった。
だがそれは、新採点方式になってからは、得点には反映しないものになっていた。
しかもそれを入れた直後には3連続ジャンプも予定していて、体力消耗は控えたいところだった。 
それでも彼女には
「イナバウワーはできるだけ長い時間やりたい」という思いがあった。
「イナバウワーは自分らしさを表現する最大の武器。このオリンピックを最高の舞台にするために、絶対に外せない」という思いがあったからだ。
荒川は、メダルがかかった大舞台で、金メダルより自分らしい表現を選んだ。
会場を虜にする優雅な演技。イナバウワー直後の3連続ジャンプをピタリと決めると、荒川の顔に笑みが浮かんだ。

観客は、最後のスピンが終わる前から拍手を送り出し、スタンディングオベーションで彼女の演技を讃えた。
「メダルよりも自分らしさ」。自分が納得する演技にこだわったその姿勢が、
日本フィギュア界に、初のオリンピック金メダルをもたらした。