ソチオリンピック競技5日目のノーマルヒル複合。
2位になってフラワーセレモニーを終えたばかりだというのに、渡部暁斗は冷静だった。
「何か僕らしいんじゃないですか。2位というのも定位置に納まった感じだし」
と言って笑みを浮かべた。
ソチオリンピック直前までのワールドカップでは10戦して2位が1回で3位が4回。
他もすべて8位以内でワールドカップランキングは2位だったからだ。
前半のジャンプで渡部は100・5mを飛び、ワールドカップランキング1位のエリック・フレンツェルに6秒差の2位につけた。3位以下はそれより21秒以上後のスタート。
気温は12度。
クロスカントリーコースの雪質は、渡部が最も得意とするザラメ状だった。
トップのフレンツェルも、メダルを確実にするためには渡部と協力して後続集団に追いつかれないようにするのが得策だと考えていた。
二人の思惑は一致し、2・5?で渡部が追いついてからは互いに引っ張りあって逃げ切り、 渡部は銀メダルを獲得した。
「結果的には僕が前に出て引っ張った距離の方が長かったけど、
それは僕のスキーの方が滑っていたから。
最後の長い上りで仕掛けた時に相手を離せなかったから、
結局は力通りの結果だったと思います」
自分の持ち味である冷静さを最後まで保って戦えたという渡部だが、
1月にインフルエンザでワールドカップ3試合を欠場した頃は精神的に苦しかった。
彼の意識の中には、最もレベルの高い試合はワールドカップで、そこで総合優勝することが最強の証だという思いがあったからだ。
スキー競技はその時の条件で結果が大きく左右される。
だからこそシーズンを通じての王者が、最も高く評価されるべきだと。
だが世間から最も注目されるのはオリンピック。 自分が競技を続けていくためにも
そこで結果を出すことを求められているのは理解できるが、それは自分が本当に目指しているものではないというジレンマとの戦いもあった。
「実際今回の試合にも強い選手の何人かは出ていなかったし、
代表にすら入っていない選手もいた。そんな中で優勝争いをしても、 それが本当の王者を決める場所とは思えない」
そんな思いを口にしても、オリンピックで結果を出していない限りは負け犬の遠吠えとしか思われない。
だが大舞台で結果を出せたことで、渡部はもう一つの考え方も得られた。
ここは世界一を決める場所ではなく、 オリンピックチャンピオンを決める場なのだと。
銀メダルを獲得した渡部はこれまで以上に爽やかな気持ちで、 何の迷いもなく、自分が追い求める道に邁進できる気持ちになれた。