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20.10.03
内田篤人
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サッカーJ1、鹿島アントラーズの内田篤人が14年半の現役生活に別れを告げた。

2006年、静岡の名門・清水東高校から鹿島アントラーズに入団。
クラブ最年少となる、高卒1年目で開幕スタメンに抜擢された。
持ち前のスピードを武器に、右サイドバックのレギュラーに定着すると、甘いマスクで瞬く間に大ブレーク。
2007年から2009年にはJリーグ3連覇に貢献した。

2010年、内田は、さらなる飛躍を誓い、ドイツ1部の強豪シャルケに移籍。
ここでも右サイドバックのレギュラーとして活躍し、2011年には、ヨーロッパチャンピオンズリーグに出場。
準決勝のマンチェスター・ユナイテッド戦では敗れたものの、クラブ史上初のベスト4入りに貢献した。
シャルケでは、8シーズンで104試合に出場、「ウッシー」と呼ばれ、多くのファンからも愛された。

日本代表としては、2008年1月、国際親善試合のチリを相手に19歳でデビュー。
2010年の南アフリカワールドカップは、代表入りしたものの本戦出場はならなかった。
4年後のブラジル大会では、全3試合に出場。
日本代表は、2敗1引き分けで1次リーグ敗退となったが、内田は、常に闘志あふれるプレーでチームを鼓舞し続けた。

輝かしいサッカー人生を歩んでいた内田だが、キャリア後半は、怪我との戦いでもあった。
2014年に右膝を負傷、翌年にメスを入れ、以降、リハビリと復帰と繰り返してきた。
ベストパフォーマンスを取り戻すために、最後まで戦い抜いたが、32歳という若さで引退を決断した。

日本サッカー史上最高の右サイドバックと評され、惜しまれつつピッチを去る内田篤人、右サイドを駆け上がるその雄姿は、いつまでもファンの心に刻まれている。


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