ロンドンオリンピックではメダルなしに終わった日本のシンクロナイズドスイミング。
おととしからその再建を託されたのが、アテネオリンピック後に日本代表ヘッドコーチを退いた井村雅代。
「日本シンクロの母」と呼ばれる井村は、オリンピック競技になった1984年のロサンゼルスから2004年のアテネまで、
6大会連続で日本にメダルをもたらした名指導者である。
アテネオリンピック後は指導の場をシンクロ後進国の中国に移し、北京とロンドンオリンピックで3つのメダル獲得に貢献。
その手腕は世界のシンクロ関係者から絶賛された。
2014年、10年ぶりに日本代表ヘッドコーチに復帰。
選手たちを前に井村はこう話した。
「無理をして、120%の力を出して練習してほしい。」
地獄のスパルタ指導の始まりだった。
練習時間は長い時で12時間以上、やる気の感じられない選手には、帰れと一喝。
なかには涙を流す選手もいたが容赦はない。
厳しい練習に耐え、選手たちはたくましくなった。
成果が表れたのは、去年の世界水泳。
日本は全7種目のうち、4種目で銅メダルを獲得。
世界水泳では8年ぶり、オリンピックと合わせても7年ぶりのメダルとなった。
選手からメダルをかけてもらった
井村の目には光るものがあった。
「教えている選手を、目標のところに連れてってあげる」。
井村雅代ヘッドコーチの頭には、オリンピックでのメダル奪還の完成図が描かれている。