度重なる怪我に苦しみ
「ガラスのエース」と揶揄された一人の投手が、メジャーリーグでノーヒットノーランを達成した。
日本人では2001年の野茂英雄以来となる14年ぶりの快挙である。
シアトル・マリナーズ岩隈久志。
彼は決して順風満帆な野球人生を歩んできたわけではない。
高校時代は堀越高校のエースとして活躍したが、甲子園出場経験は無い。
プロの世界にはドラフト5位で飛び込んだ。
才能を開花させ、日本を代表する投手まで駆け上がったが、所属していた近鉄が消滅。
移籍先の楽天でエースとして期待された2005年に、肩を故障。
防御率は自己ワーストとなる4.99、9勝15敗と不本意な成績に終わった。
その後も、肘や背中のケガのため幾度も戦線を離脱した岩隈は、2006年は1勝、その翌年は5勝にとどまった。
当時監督だった野村克也は、岩隈が投げるたび「ガラスのエース」とぼやいた。
しかし、この怪我に泣いた2年間が岩隈に変化をもたらした。
2007年のオフに、復活を期す思いから、右ひじにメスを入れる大きな決断をした。
結果、手術は成功し球威が戻った。
再起を懸けた2008年、岩隈は見事復活を遂げる。
勝ち星を量産し、プロ野球で23年ぶりとなる21勝をマーク。
最多勝、防御率、勝率の投手三冠を達成。
チームが5位であったにもかかわらず、沢村賞、最優秀選手など、主要な賞を独占した。
ノーヒットノーランという偉業を達成した今年は、4月下旬に広背筋の違和感を訴え、故障者リスト入り。
ノースローで調整を行いながら、復帰のタイミングを待っていた。
どん底でもがき苦しみ、苦難を乗り越えて強くなった岩隈久志。
彼の野球人生は、未だ道半ばである。