工藤公康さんは、1963年生まれ、愛知県のご出身。
高校卒業後、西武ライオンズに入団。以降、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズなどに在籍し、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝き優勝請負人と呼ばれ、実働29年プロ野球選手としてマウンドに立ち続けました。
2011年に、正式に引退を表明され、2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任し、2021年退任までの7年間に5度の日本シリーズを制覇。
最優秀選手(MVP)2回、最優秀防御率4回、最高勝率4回など数多くのタイトルに輝き、通算224勝、正力松太郎賞を歴代最多に並ぶ5回、2016年には野球殿堂入りを果たしていらっしゃいます。
──監督在任中の2020年、筑波大学大学院を修了されて、その後博士課程に進学されましたが、これは監督になったのが後ということですか?
そうですね。大学に入ったのが先で、(その後)監督(就任)の要請を受けて(球団に)入ったんですが、「修士も取らなければいけないので、論文を書かないといけないんです。なので、協力していただけますか」ということで、球団の了承を得て監督になったという感じです。
──今、さまざまな二刀流がありますけれども、この二刀流は大変じゃないですか?
まあ、大変ですね。でも、(大学の論文に)選手のデータを使わせていただいてるところがあるので。(選手が)投げてくれればデータも出ますし、それを積み重ねていって、最終的にどんなことが言えるのか、ここからどういうことが考察できるのか、みたいなところを論文にしていけますので。
──どのようなことを学ばれていらっしゃったんですか?
僕は、「トラックマン」という計測器を使って、リリースポイント(ピッチャーが投球の際にボールを離す位置)の高さ…リリースする瞬間の肘、腕の高さ。それと、マウンドから足を踏み出してボールをリリースしますよね。そこまでの長さを測ったんです。
──どこまでベースの近くでリリースしているか、球を離しているか、みたいなことを研究された?
その距離と高さを測ったんですけれども、結果的に言うと、リリースポイントがどんどん前に行けば行くほど打たれるんです。
──え! 「球持ちが良い」とか、「先で離しているのがすごい」と言われてきましたよね。
そうです。言ってきたんですが、データで見ると、いつも自分が(球を)離す場所よりも前で離すほど打たれるんですよ。
──つまり、人それぞれのベストポジションがある。いわゆる力学的にいうと、一番力が入るポイントがあって、そこを外した方が球質が悪くなる?
悪くなる。で、長さが長くなる人は、高さもだんだん低くなるんですよ。(前で離そうとすると)リリースポイントが下がってきてしまう。疲れてきて下がる人もいますけれども。
──リリースポイントが関係あったんですか? 高ければ高い方がいいとか?
はい。(リリースポイントが)自分のポジションよりも低くなると、怪我のリスクが増える。
これはアメリカでも論文が出ているんですよ。(リリースポイントが)下がってくると肘の負担が増えますよ、ということは、論文にも出ています。そういうところが障害(怪我)の元になります。
ですので、そのデータを取って、そうなる前に、(下がってきたらピッチャーを)替えると。
──そのピッチャーが疲れてきて、リリースポイントが下がってきたら(替える)。試合中にそのデータを見られるんですか?
見られないんです。ルール的に、次の日にならないと出ないんですよ。
ということは、僕らが何をしなければいけないかというと、選手1人1人の、リリースポイントが下がったり前に投げていってしまうところを目でちゃんと見て、自分自身でとらえられるようにする。
──何センチもズレないわけじゃないですか。何ミリの世界をベンチから見ていて気がつくのは大変じゃないですか?
その選手をずっと見ていると、ホームであれば、いつも同じ角度じゃないですか。ビジターだったらちょっと逆にはなりますけど、ホームで見ていると、変化ってすぐわかるようになるんです。ボールに表れるんです。調子が悪い時って、ボールが高く浮いたり、ストライクゾーンからどんどん逃げていったり、甘く入り過ぎたりする。
──そういうコンディショニングというのは、工藤さんが現役だった頃からあったことなんですか?
新しくなっていることはたくさんあると思うんですが、データ、サイエンスと言われているような科学を使ったデータを取り入れる選手も多いんですが、コンディショニングというのは、自分の体のことなので、体って、科学では全部はわからないんですよ。だから、自分で自分の体のことを知らなければいけないんです。
なので、運動生理学とか運動物理学とか、全部自分で知っていると、自分の体の動きの変化を理解できるようになるんです。理解できるようになると違いもわかるようになるので、良い時と悪い時の違いを自分で修正する能力も身につくんですよ。
僕なんかは30歳前からそういう勉強を始めたんですが、ずっと同じ状態が良くても、力のある状態で35歳、40歳まではできないので、必ず落ちるんですね。落ちるからこそ、ピッチングフォームの効率を良くしなければいけない。
そういう風にサイエンスを取り入れていけば、長く現役を続けられる選手もまたこれから出てくるかなと思います。
──工藤さんが現役だった頃とトレーニングに対する選手の向き合い方、向上心は変わってきているんですか?
変わっていますね。SNS等でいろんな情報があったり、時には海外に行って…僕も現役中に海外に行ったりしていましたが、海外に行っていろんな理論を学んで帰ってくる選手も中にはいるので。
僕自身は、海外の情報ってある程度入ってくるんですが、実際にやった選手と情報だけの選手ではやっぱり差が出ちゃうんです。だからオフの間は、その選手が行ったことがあるとか注目しているという施設は全部行きます。
理論や考え方を聞いて、「なるほど」と。「こういうことをこういうものを使うとこういうことがわかるんですね、こういうトレーニングをするとこういう風になっていくんですね」ということもちゃんと理解した上で帰ってきたり。選手がそこに行ってきたという時に、「監督、どうせ知らないんでしょ?」とならないように。
だからやっぱり情報がすごく大事になりますね。
──WBCで日本は優勝しました。いわゆる「日本の野球」というものがある気もしますが、やっぱりアメリカの野球が最先端なんですか?
アメリカの野球って、いろんな器具を使って色々なデータを出せるんですよ。
今は30球団でやっているんですが、怪我をした人がどんなリハビリをしてどういう風にして復帰したかということも、一部の人ですが、他球団の人も見ることができるんです。トレーナーが怪我の情報を共有できる。みんなじゃないですよ。本当に一部のトレーナーしか見ることができないんですが、(怪我をした)選手がこうやってこんなに早く復帰したんだ、じゃあ、自分のところの同じような怪我をした選手を早期に回復させるためにリハビリの情報をみんなで共有しよう、みたいな感じで、30球団共同でやっているんです。
──それは日本のプロ野球もぜひ取り入れてほしいですね。怪我に対する対策。
それがなかなか、今はできていないんです。
“情報漏洩”ではないんですが、やっぱりそういう(情報を)共有するというのが、今はなかなか難しい状況です。
──相手の戦力がある程度筒抜けになっちゃう可能性もありますよね。
やっぱり、悪いことだけ考えちゃうと何も踏み出せないんですね。そうではなくて、もっと、良いことをみんなで共有できるようになってくると、怪我をしない方法なども(確立されてくる)。
時期によって怪我しやすい部位もあるんです。シーズン始めはどんな怪我が多くて、シーズン中盤にはどんな怪我があって、シーズン後半になったらどんな怪我が多いかというデータも、メジャーでは出しているんですよ。アンケートを集めて、論文みたいな形で出している場合もあるので、そうすると、選手もそこに気をつけながらキャンプやオープン戦を過ごすことができるので、選手の怪我予防という部分でも非常に大事かなと思います。
日本にはまだそのシステムがないので、そういうところがアメリカが優れている部分じゃないかなと思います。
──この番組では、ゲストの方にCheer Up Songを伺っています。工藤公康さんの心の支えになっている曲を教えてください。
DEENの…「LOVE FOREVER」。
ごめんなさいね、英語苦手なんだよね(笑)。
──アメリカにも行かれてましたよね?(笑)
行ってましたけど、全然英語は喋れないんです(笑)。でもね、不思議と、行くと覚えるんですよ。帰ってくると忘れるんですけど(笑)。
──この曲を選ばれた理由は?
自分が60を迎えて、懐メロよく聴くんですよ。あの時にすごく聴いたなとか、ああいう苦しい時にこんな歌があったなと思いながら懐メロを聴いているので、その時、その時を思い出している、という感じですかね。
ちょうど93年から98年ぐらいの間によくDEENを聴いてたんですが、(その頃は)ダイエーにいて、優勝できなくて苦しんでいたんです。そういう、自分の中の試行錯誤…なんでうまくいかないんだろう、なんでこうやって勝てないんだろう、どんないい方法があるのかということを考えていた期間ですね。99年にダイエー(の選手)として初めて優勝するんですが、やっぱりその時の優勝がすごく印象深かったというのもありますし、4年間勝てなかったあの苦しさというのは、僕の中ですごく勉強になったんです。
「LOVE FOREVER」はその時に聴いていた曲ですね。
今回お話を伺った工藤公康さんのサインが入った、6月23日に日本能率協会マネジメントセンターから出版される「プロ野球の監督は中間管理職である」を抽選で3名の方にプレゼントします。ご希望の方は、番組公式X(旧ツイッター)をフォローして指定の投稿をリポストしてください。当選者には番組スタッフからご連絡を差し上げます。そして今回お送りしたインタビューのディレクターズカット版を、音声コンテンツアプリ『AuDee』で聴くことができます。放送できなかったトークが盛りだくさん! ぜひお聴きください!