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2023.07.29

“現代版五輪の書”「学び」と「成長」の5つのプロセス

今週の「SPORTS BEAT」は、陸上の短距離種目でオリンピックに3大会連続で出場、世界選手権では2回銅メダルを獲得している、為末大さんをゲストにお迎えし、お話を伺っていきました。
為末大(ためすえ だい)さんは、1978年、広島県出身。
陸上の400メートルハードルの、現在も残る日本記録保持者でもあり、オリンピックには2000年のシドニー大会から2008年の北京大会まで、3大会連続で出場。
世界選手権では、2001年のエドモントン大会で日本人初の短距離種目でのメダルとなる銅メダルを獲得され、2005年のヘルシンキ大会でも銅メダルを獲得。
2012年の日本選手権をもって競技生活から退き、現在は指導者、コメンテーター、そして会社経営者など多方面で活躍されています。



──まさにレジェンドですよね。陸上のトラック競技で、メダルを獲得するというのは、信じられないことですよね。

ありがとうございます。
でもそれが、今は(他にも)出てきていますからね。僕らの時にはあまりいなかったんですけれど。日本もすごく発展しているなと思います。

──競技生活を退かれてから11年が経ったんですね。そして、7月13日には、新しい著書『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を出版されました。“現代版五輪の書を書きたい”という思いから始まったと。そのモチベーションもすごいなと。

特に一番思ったのは、僕らの時代は、(陸上の)選手たちが行くのはアメリカだったんですが、西洋の科学的な考えとして、「測れない(測定出来ない)ものはコントロール出来ない」とよく言われていたんです。だから、全部を測ろうとする(数値化する)んですね。それによって科学はかなり進んだんですけれど、ただ、数字では測れない、何か“全体感”と言いますか…たとえば、実は、数字上は、10秒0台の選手も9秒台の選手も、筋肉量とかいろんなものを測定してもそれほど違わないんです。
でも、何か違いが出る。それって何なんだろう?と。エキスパートだけが持っている、数字にならない“何なんだろう”という部分に興味があって、ある意味、“西洋的な科学”対“東洋的なもの”を融合させたい、というところがありました。

──この著書では、熟達度を5段階に分けていて、まず遊びの「遊」、次が「型」、そして「観」、4段階目が「心」。最後が「空」。

最初は「遊び(遊)」から始まっていくよね、ということで。
次に「型」。「型」は、日本人にとってはわかりやすいかなと思います。
そして、「観察(観)」で細かく分かれる。
それから、「中心(心)」がわかるとオリジナルになっていって、それほど考えなくてもその人らしさが出てくる。
そして最後は「無我夢中になる(空)」というフェーズなんですが、「型を覚えて、破って、オリジナルになるんだよ」というところは、実は真ん中の3つのエッセンス(「型」「観」「心」)に入っているんです。だけど、最初に遊び(「遊」)があって面白がっていないと、終盤に伸び悩んでしまう…という選手をたくさん見てきていまして。
陸上界だと、「強豪校を出た選手がなぜかオリンピックに行けない」という現象があるんです。オリンピック選手が出る学校は強豪校と少しずれているという現象があって、“これは何なんだろう”とよく見ていくと、最初に自由にやった後に「型」はいいんですが、最初から「型」にはまると、何か突き抜けない。
そういう経験を色々込めていって、5段階にしました。

──レジェンドの(元日本代表コーチ)高野進さんのアドバイスにびっくりしたんですが、「足を三角に回しなさい」というのは?

どういうことかというと、人間が走っているところを横から見ると、足がクルクル回っているように見えますよね。
普通に走ると、人間の足って、身体の後ろまで流れていくんですね。だから、ちょっと二等辺三角形っぽい、楕円形を描くような動きをするんですが、これを正三角形に回そうとすると、自分の足が自分の身体の後ろを過ぎて地面を蹴ろうとする瞬間から急角度で自分のお尻の下に足を持って行かないと、正三角形にならないんです。つまり、正三角形(の底辺)が地面にべたっとついて、頂点が上に向いているような感じなんですが、それを、急角度に切り返すところが、正三角形をイメージしながらだと、足をパッと切り返せるんです。
実は、走っていくと、だんだん足が後ろに流れて、前に持ってこれなくなる。前に持ってくる力の方が、後ろにやる力より弱いので。運動会でお父さんが転んじゃうのは、だんだん足が前に持ってこれなくなって、もつれて転ぶんですね。
その、足を前に持ってくる感覚はすごく難しいんですけど、「三角形に回せ」と言われた瞬間に“あ、こういうことか!”と一発でわかったことがあって、“なぜこんなことが言えるのか、なぜ僕を見てすぐにこのことがわかったのか”と思ったのが、一番最初のきっかけでした。
そういう人っているじゃないですか。お師匠さんみたいな人が、パッと見ただけで何気ないアドバイスをして、しばらくして意味がわかる、みたいな。それが、“熟達”に対しての興味の一歩目でしたね。

──そして、陸上漫画『スプリンター』という、『あずみ』や『おーい!竜馬』などで知られる小山ゆうさん作の漫画からも大きな影響を受けたそうですね。

『スプリンター』という漫画は、あるスプリンターが才能に目覚めて、トレーニングをしていて、最後、100mを走る時に本当に集中するとゾーンの世界に入る、というのを描写しているんですけれど。


──著書の中に、為末さんも実際にゾーンに入られた描写がありましたよね。その感覚は、今でも鮮明に覚えていますか?

そうですね。人間って、いい結果があったら「あれはすごく不思議な体験だった」と言いがちなところがあるので、正確にはわかっていないんですが、ただ、(ゾーンに入ったという)ほとんどの選手が、“時間感覚の変容”を言うんですね。「あっという間に終わった」「ボールが止まって見えた」みたいなことを言いますし、あとは、「自分中心じゃなくなる」というようなことを言う。
私の場合は、ただ走るだけの競技だったので、“音”をすごく覚えています。普通は、観客の音(声)が聴こえているんですけど、(ゾーンに入った時は)そこだけ音を下げて、自分の足音のボリュームだけ上げた、みたいな感じだったんです。
あとは、なんとなく、いろんなことが全部、“ちょっと前に進む”ような…1歩が(いつもより)ちょっと前に進むような、緩やかな動く歩道に乗っているような感じでしたね。細かい部分も1つ1つがわかる感じというか、ハードルの上のギリギリを飛べる感じがしました。

──2001年の世界選手権で銅メダルを獲得した時の描写が著書に書かれていて、すごくリアルで引き込まれたんですが、その後、同じようなゾーンに入った感覚はあったんですか?

ゾーンについてよく話す心理学者の方は、大体、多くて(ゾーンに入るのは)人生で3回ぐらいだと言うんですね。
私の場合は、2001年のエドモントンと、2005年のヘルシンキ、それと、2008年に日本選手権があったんですが、その3つがなんとなくゾーン的だったなという印象ですね。

──ではやはり、ゾーンに入ると結果も付いてきた?

そうですね。共通しているのは、300mまでほとんど覚えていないということ。何かスルスル動くし、音の変化が僕の場合は大きいんですが、スルスルスルと来て、で、大体300mで、“あ、俺、一番かもしれない!”と我に返って、そこから急に苦しくなって(笑)。
だから、最後の100mもゾーンだったら、もうちょっと(良い結果に)行ったんじゃないかっていう(笑)。
そういう体験はとにかく多いですね。

──2001年の後は、毎回レースの度に“ゾーンが来てくれないかな”みたいな(笑)。

そんな感じですね(笑)。だけど、“なかなか(ゾーンに)入れないな”というところはありますね。
でも、スポーツ選手のゾーンは、必ず観客がいて、“ソーシャルプレッシャー”と言うんですが、社会的な圧がある中でやっていることが多いということは言われますね。

──観客の声が聴こえなくなって、自分の足音だけ聴こえるって、不思議ですよね。

人間の五感って、ちゃんとリソースの配分をすると、そういう神秘体験が起きるそうなんです。だから私の予想は、すごく深く人間が集中すると、聴覚に(リソースを)割り振るのをちょっと下げて、視覚とか別の触覚などに割り振る。その状態を、僕らが“ゾーン”と呼んでいるんじゃないかなという気はします。

──足音といえば、著書に書かれていましたが、すごく足音に集中されていて、自分の足音が気になって、夜中歩いている時にイップスになって歩けなくなったそうですね。

そうですね。僕らは、調子がいい時に足を着くと、ストンと、上から舞い降りるみたいな音がするんです。私の場合は特に。足音があまり鳴らないというか、ゴムがつぶされる音ぐらいしかしないんですが、調子が悪いと、最後につま先がパタンと落ちて、破裂音というか、「パチン!」という音がするんです。それをなくそうとすると、逆に怖がってつま先立ちになってしまう。
だから、自然と(足を)平たく地面に着くということをやっていたはずなのに、それがわからなくなってきて、段々どう歩いていいかわからなくなって混乱した、という感じですね。
あとは、すごく厳しい監督に育てられたりすると、イップスに(なりやすい)。ソーシャルプレッシャーですね。“失敗しちゃいけない”という思いが来るとなりやすかったりする。
あとは、それについて深く考えてしまうことで入る場合もあると思います。

──世代的に、「真面目に頑張りなさい」という教育だったから、イップスになりやすいということも…。

そういうのもあるかもしれないですね。今の選手が試合の時のパフォーマンスがいいのは、その辺もありそうな気がします。


来週も為末さんにお話を伺っていきます。お楽しみに!



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