今から20年前の1995年、海を渡った一人の日本人がアメリカで社会現象を巻き起こした。
野茂英雄。
メジャーリーグで日本人初の新人王に輝いた彼は、その翌年、2年目のジンクスをものともせず、とんでもないことをやってのけた。
1996年9月18日 対ロッキーズ戦。
標高およそ1600メートルの高地にあるクアーズ・フィールドは、気圧が低いため、打球の飛距離が伸びることで知られる。投手には圧倒的に不利と言われる球場なのだ。
この日は、雨のため試合時間が2時間も遅れたうえ、グラウンドはぬかるみ、気温は10度とコンディションは悪かった。
野茂は、立ち上がりからピンチを迎える。
1回、2回と得点圏にランナーを背負ったが、ここは得意のフォークで後続を断った。
3回、野茂は、ぬかるむマウンドを考慮してトルネードを封印、より安定するセットポジションからのピッチングに切り替えた。
これがピタリとハマった。
キャッチャー、ピアザの好リードもあって、強打を誇るロッキーズ打線を完璧に封じ込めた。
回が進むにつれ、球場全体が野茂のノーヒット・ノーランを期待する空気に包まれていく。
そして、9回ツーアウト、記録達成まであと一人。
バッターは、三番バークス。
カウント2―2と追い込んだ。
観客はすでにスタンディングオベーション、ロッキーズファンまでが声援を送っている。
野茂は、フーと息を吐いた。
110球目。
フィニッシュは、野茂の野球人生を象徴するフォークボール。
そのボールは、真ん中低めにストンと落ちた。
バットが空を切る。
野茂は極めて控えめに、右手を少しだけ突き出して喜びを表した。
日本人選手としては史上初、メジャーリーグでは196人目のノーヒット・ノーランを達成。
日本球界への退路を断ち、右腕一本で海を渡った野茂英雄が、メジャーリーグの歴史にその名を刻んだ。