Legend Story
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15.04.18
皇帝 フランツ・ベッケンバウアー 「アステカの死闘」

ドイツが生んだサッカー界最大のスター、皇帝、フランツ・ベッケンバウアー。

ワールドカップに、選手として3度、監督として2度出場。
5度のワールドカップで、2度世界一に輝き、史上初めて主将と指揮官の両方でワールドカップ制覇を経験した。
「強い者が勝つのではなく、勝った者が強い」の名言を残したことでも知られている。

彼の輝かしい活躍の中で、もっとも強烈な印象を残したのは2度目のワールドカップ出場となった、1970年のワールドカップ・メキシコ大会。
ベッケンバウアーの西ドイツは、イタリアと準決勝で激突。
この試合は、会場名にちなんで、「アステカの死闘」と語り継がれる伝説の一戦となった。

イタリアの先取点を西ドイツが懸命に追う後半、ベッケンバウアーは、強烈なタックルに倒され右肩を強打。
ピッチの外に出た彼にチームドクターが告げたのは「右肩の脱臼」という事態だった。
西ドイツは、すでに交代枠を使いきっていたため、交代を出すことは出来ない。
すると彼は、右肩から右腕を包帯で固定して再登場。
残り10人で戦うより、少しでも戦力になろうという悲壮な決意が、その姿に表れていた。
当然、体のバランスが取れず、思うように走れない…。
それでも攻守の要に位置し、必死でパスを出した。

そんなベッケンバウアーの姿にチームメイトは奮い立ちタイムアップ直前に1対1の同点に追いついた。
勝負の行方は、延長戦へともつれこんだ。
   
試合は西ドイツが点を入れれば、イタリアは連続ゴールで逆転。
さらに、西ドイツが追いつくという壮絶な点の取り合い。
   
終止符が打たれたのは延長後半5分、イタリアのリベラがベッケンバウアーのマークを外して決めたゴールが決勝点となり西ドイツは3対4で敗れた。

しかし、ベッケンバウアーが見せたゲルマン魂は、世界中の感動を呼んだ。
この一戦をへて、皇帝のカリスマ性は、サッカー史上類を見ないほどに高まったのだ。