Legend Story
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14.12.27
寺田夏生

「危なかった。。。」
国学院大学のアンカー寺田夏生(てらだなつき)は、ゴール後、仲間に向かって苦笑いを浮かべた。
2011年の第87回箱根駅伝。チームは5度目の出場で10位。
初めてシード権を獲得した。箱根駅伝に参加する大学にとって、この「シード」は優勝に次ぐ目標だ。
翌年度の予選会を免除されるほか、10月に行われる出雲全日本大学選抜駅伝の出場権も得られる。
一方、11位以下なら、出雲と同じ時期に行われる予選会を突破する必要があり、その大きな山を越えなえければならない。
本番への調整過程も大きく変わってしまうのだ。

本来ならもっと喜んでいい場面だが、寺田にはその余裕はなかった。
ゴール120メートル前。最後の交差点で寺田は大失態を犯していたからだ。
学生駅伝3冠を達成した早稲田大学がゴールしてから13分後。シード権争いは熾烈を極めていた。
日本体育大学、青山学院大学、城西大学、そして国学院大学の4校が8位集団を形成。
このうち1校はシード落ちする。先に仕掛けたのは寺田だ。

ゴール500メートル前からスパートし、ゴール目前となったその時だ。
右折したテレビの中継車につられるかのように、コースを間違い曲がってしまったのだ。
距離にして30メートル。戻ることを考えたら60メートルもの大幅なロスだった。
テレビ画面で様子を見ていた前田康弘監督は、この予想だにしない衝撃的な出来事に、絶望的な表情を隠せなかった。
だが、高校時代に中距離選手だった寺田は、冷静だった。
前を見据えて、「逆転できる」と力を振り絞った。
ゴール50メートル手前で城西大を追い抜き、わずか3秒差という、史上最小の差でシードの座に滑り込んだ。
 
実は、寺田の10区での起用が決まったのは直前で、下見も1度だけ。
ゴール前は、「まさか間違えないだろう」という思いから見ていなかった。
前代未聞の間違いが生んだ奇跡のドラマ。
ゴールした瞬間、自分の順位が分からなかったという寺田は、先輩たちの喜ぶ顔を見て、ホッと胸をなで下ろした。

「あのおかげで近所のかたにも声をかけられるようになった」と語る寺田は、2年で5区、3年・4年では2区を担う大黒柱に成長した。
今大会、予選会を2位通過した国学院大学のチーム目標は8位。
寺田が成し遂げられなかった夢を追い、後輩達が正月の箱根路に挑む。