Legend Story
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14.07.12
末續慎吾(陸上選手)

世界の大舞台の短距離レースで、終盤に力を抜いて流しながらも1位になって次のラウンドへ進む姿。

日本人にとっては夢でしかなかった走りを初めて見られたのは2003年8月に開催された世界選手権パリ大会男子200m。演じたのは23歳の末續慎吾だった。

大学2年でシドニー五輪に出場して以来、大学の先輩でもある伊東浩司のあとを引き継いで日本のエースに成長した彼はこの年、100mは日本歴代3位の10秒03、200mでは日本記録の20秒03をマークしていた。

20秒03は大会時点の世界ランキング3位で出場選手中ではトップタイム。
だがそれが簡単に通用するほど世界は甘くないことは、誰もが承知だった。
しかし彼が見せたのは、そんな日本人の想像を遥かに凌駕する走りだった。

最初の1次予選では70m余りを、そして2次予選ではラスト50mを完全に流して1位通過。
準決勝でも余裕を持って2位になり、ショートスプリントでは1932年ロス五輪100mの吉岡隆徳以来の決勝進出を果たしたのだ。
 
だが末續はそれだけでは終わらなかった。
翌日夜の決勝では100m過ぎから左脚が攣り始めながらも激走。
ラスト5mで大混戦の中から僅かに抜け出して堂々の3位。
アジア人として103年ぶりのメダルを獲得した。
 
力を使い果たした末續は、その翌日からのリレーには出場できなかった。
大舞台で120%以上の力を発揮できる彼の才能は、5年後の北京五輪でも発揮された。
200mは20秒93で1次予選敗退と絶不調だったが、リレーでは強豪が集まる2走で、周囲の不安を払しょくする、9秒台の記録を持つ選手と同等の堂々たる走りで銅メダル獲得に大きく貢献した。

彼にとってそれはもう一つの歴史を作った瞬間であり、5年前からの借りを返した瞬間でもあった。