「平成の怪物」松坂大輔をも超える速球で、
かつて甲子園を沸かせたヤクルトスワローズ・寺原隼人が、
今シーズン限りで現役生活に別れを告げた。
宮崎県・日南学園の豪腕投手として活躍した寺原は、
2001年、夏の甲子園に出場すると、
初戦で松坂、新垣渚と並ぶ高校最速タイの151キロをマーク。
岡山県・玉野光南との2回戦は、
5回から2番手ピッチャーとしてマウンドへ。
先頭バッターへの5球目、外角へ投げたストレートは、
当時の高校生最速となる154キロ。
21世紀最初の夏の甲子園は、寺原が話題の中心となった。
卒業後は、ドラフト1位でソフトバンクの前身のダイエーに入団。
1年目に6勝、2年目に7勝を挙げたが、
その後は、足首の怪我などもあって2軍落ち。
2006年からベイスターズ、そしてオリックスへと渡った。
2013年、「ソフトバンクで優勝したい」と古巣へと戻ったものの、
背中の怪我により2軍スタート。
地元のファンから「横浜へ帰れ」などと痛烈な野次が飛んだ。
翌シーズンは、5月に右膝を手術、早々に戦列を離れ、
この年、日本一となったチームの輪に加わることはできなかった。
階段すら登ることもままならない日々に、引退も頭をよぎったが、
2015年、寺原は先発に中継ぎにフル回転。
8勝2敗2ホールドの好成績で、日本一に貢献。
念願の胴上げの輪に加わり、喜びを噛み締めた。
今シーズンからは、ヤクルトでプレーし、4試合に投げ2勝1敗。
甲子園のヒーローで、プロでは苦難の日々も味わった寺原隼人。
通算成績、73勝81敗23セーブ、
4球団を渡り歩いた豪腕が18年のプロ野球人生に幕を下ろした。
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