その正確無比のコントロールから、”精密機械”と呼ばれたメジャー屈指の技巧派投手 グレッグ・マダックス。
速球は140キロ前後ながら、微妙に曲がりながら落ちる魔球「サークルチェンジ」をストライクゾーンのコーナーに散らし、20年連続2ケタ勝利を挙げた。
彼が「90年代最高の投手」と称される理由は、抜群のコントロールと打ち立てた記録だけではない。
2001年8月12日のダイヤモンドバックス戦。
マダックスは、6月20日からこの日まで連続無四死球記録を続けていた。
しかし…
3回、1アウト二塁のピンチ。
マダックスがベンチを見ると、監督が4本の指を振っている。
するとマダックスは素直に指示に従い、敬遠した。
マダックスの連続無四死球記録は、72回3分の1のナ・リーグ記録更新でストップ。
大記録がストップしたことで、監督の指示に対しては賛否両論。
しかし試合後、マダックスは、いつも通り冷静に語った。
「一番大事なのはチームの勝ち負けだ。監督の作戦は正しかった」と。
最優秀防御率4回、最多勝3回、サイ・ヤング賞4回と、
個人の記録をいくつも打ち立ててきたグレッグ・マダックスだったが、常にその心にあるのは、フォア・ザ・チームの精神だった。