11月生まれの音楽家、ベッリーニに注目!
17/11/13
今夜もお聴きいただきありがとうございます!
今回は、11月生まれの音楽家の中から、1801年11月3日生まれ、イタリアのオペラ作曲家、ベッリーニに注目しました。ベッリーニは、ちょうどショパンと同世代にあたり、 ショパンが大きな影響を受けたことでも知られています。
<PlayList>
M1 ベッリーニ:オペラ《清教徒》より<いとしい乙女よ、あなたに愛を>/マルセロ・アルバレス(テノール)、マルチェロ・ヴィオッティ(指揮)、シュターツカペレ・ドレスデン
M2 ベッリーニ:オペラ《ノルマ》からアリア〈清らかな女神よ〉/マリア・カラス(ソプラノ)、トゥリオ・セラフィン(指揮)、ミラノ・スカラ座管弦楽団
M3 リスト:ノルマの回想/マルク=アンドレ・アムラン(ピアノ)
【ベッリーニ Vincenzo Bellini (1801〜1835)の生涯】
シチリア島・カターニアで、祖父、父ともに音楽家である家庭に生まれる。 幼少の頃から音楽の才能を認められ、神童といわれた。
1819年(18歳)で奨学金を受けながら、ナポリの音楽院で学ぶ。
1825年(24歳)音楽院の卒業作品である『アデルソンとサルヴィーニ』が、音楽院のホールで1825年に初演されて成功。
その後、『ビアンカとジェルナンド』、『海賊』と相次いで成功、ベッリーニは若くして、一流作曲家の仲間入りを果たします。
1831年(30歳)- オペラ『夢遊病の女』、『ノルマ』を発表。大好評を博す。
1833年(32歳)- パリに来る。ロッシーニ(1792-1868)、ケルビーニ(1760-1842)、ショパン(1810-49)、リスト(1811-86)らと会う。
1835年(34歳)- 『清教徒』を丸一年かけて完成。しかし急病のため9月23日短い生涯を閉じた。
ベッリーニは、格調高く美しい作品が多いのが特徴です。人気オペラ作曲家として、同世代のロッシーニ、ドニゼッティと共に、イタリア・オペラの発展に大きく貢献、のちのヴェルディ、プッチーニのドラマティックなオペラへと続きます。
1833年、その2年前からパリに来ていたショパンと出会ったベッリーニ。二人はたちまち意気投合し親しくなったと言われています。弟子たちに「ベッリーニのオペラを聞け」と言っていたことも知られています。「ショパンは、ピアノという楽器で、ベッリーニと同じような美しい旋律や、格調高い世界観を作り出そうとしたのではないでしょうか、ショパンが20代で作ったノクターンと近いスタイルではないかと思います」、と横山さん。
この時代もオペラの上演は大掛かりなものであり、歌劇場に足を運んで楽しむだけではなく、ピアノや室内楽に編曲して、家庭で楽しむという方法もありました。リストはそうした作品をたくさん残しています。「ノルマの回想」はその頂点をなすものです。
ショパンは、ベッリーニの最後のオペラ《清教徒》に基づいてピアノ曲を作曲しています。この作品は、6人の作曲家による合作になります。全体の構成(つなぎの部分やフィナーレ)は監修のリストが担当し、第6変奏をショパンが書いています。《ヘクサメロン変奏曲》より第6変奏として、横山さんも「プレイエルで弾くショパン ピアノ独奏曲集 8巻」に録音しています。
来週は、「世界こどもの日」にちなんで、ピアノによる「子守歌」に注目します!