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ON AIR BLOG / 2020.06.17 update
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今日のテーマは「人種差別への抗議デモは、なぜ瞬く間に全米に拡大したの?」。今日の解説は毎日新聞 編集編成局次長兼写真・映像報道センター長 齊藤信宏さんの解説でお届けしました。

Q;アメリカでは中西部ミネソタ州で起きた白人警察官による黒人男性暴行事件をきっかけに人種差別に抗議するデモが全米に広がっています。このデモの背景になにがあるのでしょうか?
A:アメリカではこれまでも同じような事件が起きて、そのたびに人種差別に抗議するデモは起きてきたのですが、「今回のデモは今までとは違う」という声が多く上がっています。様々な背景が考えられます。まず、トランプ大統領の存在です。今回のデモが広がる過程では、トランプ大統領が「デモの鎮圧に軍を動員する」という趣旨のツイートをして反発が強まりました。アメリカ軍が自国の国民に銃を向けるというのはアメリカ人にとって「あってはならないこと」で、軍の高官などからもトランプ大統領を批判する発言が相次ぎました。トランプ大統領はなにかにつけて、自分の支持者とそれ以外の国民を分断するような発言ばかりを繰り返してきました。こうした多くの発言をアメリカの国民を二極分化させ、抗議の声が上がると一気に広がりやすくなっていると言えそうです。

もう一つ、背景として考えられるのが新型コロナウイルスの感染拡大です。アメリカ国内では感染者、死者とも世界で最も多くなっていて、これまでに11万人以上が新型コロナで亡くなっています。これだけの人命が失われると社会は当然、動揺します。その動揺が抗議活動にも反映されているように思えます。


Q:外出禁止が長引いたことで経済活動の停滞と失業の急増も見逃せないですよね?
A:デモや暴動、革命といった現政権を否定する動きが活発になる時には、必ずと言ってもいいほど、背景に庶民生活の困窮があります。アメリカではコロナに伴う自宅待機の長期化で、失業率が4月に14・7%まで一気に上昇して、全米での雇用者数は2050万人減少という信じられない状況に陥っています。職を失うかもしれないという不安とコロナウイルス感染への不安、こうした様々な不安がないまぜになり、人々をデモへと駆り立てているという側面はあると思います。

Q:2008年のリーマンショックでも同じようなことがありましたよね。
A:2008年、世界金融危機が起きた後にも同じようなことがありました。当時、私はアメリカにいたのですが、世界の貧困問題や途上国の開発問題などを扱う世界銀行の幹部は「ヨーロッパと中東の若者の雇用を確保しないといけない」としきりに話していました。リーマンショックの余波はヨーロッパとその周辺で深刻だったのですが、数年後に起きたのが、欧州での移民排斥デモや中東での反政府デモの急拡大でした。特に中東での反政府運動はその後、シリアの内戦やイスラム国(IS)の勢力急拡大にもつながりました。つまり、若い世代の雇用を安定させることはとても大事なことなのです。

Q:そして何よりも根深い問題がアメリカの人種差別そのものかと。
A:これは先輩記者が書いたコラムに出てくる話なのですが、南部ヒューストンに住む18歳のアフリカ系米国人、キャメロン・ウェルチさんは幼い頃から母親に「若い黒人男性が従うべき16のルール」を教え込まれていたそうです。

▽ポケットに手を入れない  
▽パーカのフードをかぶらない
▽夜遅くまで外出しない   
▽店では買わない物に触れない
▽レシートやレジ袋なしで店を出ない
▽身分証明書を持たずに外出しない
▽大きな音で音楽をかけて車に乗らない
▽白人女性をじっと見ない
▽警官の職務質問には反論せず、ただ妥協する
▽車を停止させられたら、両手をダッシュボードに置き、免許証と登録証を出してもいいかを尋ねる――など。

Q:悲しいルールです。
A:彼の語る16項目を聞くと、黒人がいかに警察を恐れているかが、痛いほど伝わってきます。これは実際にアメリカに住んでみないと分からない部分でもあるのですが、例えば我々アジア系の人間も、白人に比べると警察に呼び止められる回数は明らかに多いと言われています。もちろんアメリカには人種や民族などの多様性を重んじる伝統がありますし、単純に他の国と比べることは難しい面もあるのですが、いずれにしてもアメリカという国の根っこにある問題が噴出した事態と言えそうです。

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