Dream Heart(ドリームハート)

土曜22:00-22:30 TOKYO FM/全国38局でON AIR 各局放送時間

REPORT 最新のオンエアレポート

Dream HEART vol.557 小説家 小川哲さん 著書「君が手にするはずだった黄金について」

2023年12月02日

小川哲さんは、千葉県のお生まれです。

東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程 在学中に、
2015年、『ユートロニカのこちら側』で、第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し、
デビューされました。

その後、2017年、『ゲームの王国』で、第31回山本周五郎賞、そして、
第38回日本SF大賞を受賞。

2019年には、短篇集『嘘と正典』が、第162回直木賞候補となり、
2022年刊行の『地図と拳』で、第13回山田風太郎賞と、第168回直木賞を受賞。

また、同じ年に刊行された『君のクイズ』は、
第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞されていらっしゃいます。


null


──承認欲求は精神のエネルギー

茂木:今回直木賞受賞第一作として、この度、新潮社から刊行されました『君が手にするはずだった黄金について』。良い意味で読者の期待を裏切るような、サプライズの小説ですね。

小川:そうですね。僕なりに色々仕掛けたと言うか、また新しいものを書こうと思って書いた小説ではあります。

茂木:この小川さんの『君が手にするはずだった黄金について』なんですけれども、小川さんご自身を彷彿とさせる、主人公の“僕”が、青山の占い師や、80億円を動かすトレーダー、そしてロレックス・デイトナを巻く漫画家など、様々な方々に出会う、6つの連作短編集となっているんですよね。

小川:はい。

茂木:「承認欲求」ということがテーマになっていると思うんですけど、確かに、現代は承認欲求の時代ですよね。

小川:そうですね。生きる為に食べ物を食べるのは、エネルギーを得る為だと思うんですけど、承認欲求というのは、精神のエネルギーと言うか。誰かに褒めてもらったりとか、誰かに認めてもらったりとかというのは、人々が社会的に生きていく為の精神的なエネルギーなのかな、というのはちょっと思っていて。だから、そういった側面を書いてみたいな、というのありましたね。

null


茂木:今回のテーマは「承認欲求」で、これは、現代人の多くが、例えばインスタ映えする写真を撮ったりとか、色々あるじゃないですか。この作品からちょっと離れているかもしれないですけど、現代における承認欲求について、小川さんはどうご覧になっていますか。

小川:承認欲求というもの自体は、僕はもうずっと前から、それぞれの人がそれぞれ持ってるものだと思っているんですけど、やっぱりそのSNSとかによって、「承認欲求を得たい・得ようとしている」というのが、より目に見えて可視化されるようになって、それで注目されるようになった概念なのかな、という気はしますね。

茂木:小川さんご自身の承認欲求はどうですか。

小川:僕の場合は、例えば僕はSNSとかやってないんですけど、自分が小説を書いて、いろんな人に読んでもらったり、或いは自分の身近な人との関係性ですよね。家族だったりとか、友人だったりとか、そういうところで、多分ある程度僕のそういう欲求が満たされてるからこそ、「SNSとかで知らない人に褒めてもらいたい」とか「知らない人に注目してもらいたい」とそんなに思ったことはないんですけど。ただ、それはすごく幸運なことで、もちろんそうじゃない人もいるだろうし。
やっぱり僕は、自分の実力等を超えた承認欲求を持ってしまった人というのはすごくかわいそうというか、悲しい結末になることが多いのかな、というのは昔から思っていて。だから、身の丈に合ってない欲望というか、そういうことを何とかして小説に書けないかな、というのはずっと思っていましたね。

──一歩間違えれば自分だったかも知れない

茂木:実はこの『君が手にするはずだった黄金について』を読んでいて一番僕が「ああ…」と思ったのが、贋金作りというか…。もちろん詐欺とかそういうのは贋金作りなんですけど、何か色んなところに贋金作り的なところがあるな、ということに僕はすごく心を動かされて。しかもそれを小川さん自身がすごく自覚的に書いてらっしゃることが、非常に心に残ったんです。
この本の中に出てくる登場人物のやっていることとか、あと、言うなれば、作家が作品を書いて世の中に評価されるということも含めて、何か色んなところにそういう要素があるなと思ったんですが。

null


小川:そうですね。僕も世の中で何か悪いことをした人とか、或いは悪目立ちしたり、注目を集めてしまった人とかを見ていて、自分がそれに対して嫌悪感を抱くこともあるんですけど、でもよく考えると、自分のやっていることにもそういう側面があるんじゃないか、とか。特に小説なんて、元々何もないところから嘘を固めて作っていくものなので、自分が地に足つけて生きていないというような感覚に陥ることがよくあるんです。そういう僕の作家としての考え方というか、立場みたいなものは、反映されているのかもしれないですね。

茂木:だから、小川さんの今回の『君が手にするはずだった黄金について』というこのタイトルが、まずいいですしね。今回の本の帯にも「認められたくて必死だったあいつを、お前は笑えるの?」という帯がありますけど、ひょっとしたら、自分の才能以上のものを求めてしまっていた人に対しても、小川さんは人間として温かく見守ってらっしゃるところがありますよね。

小川:そうですね。僕は、一歩間違えば自分もそうだったかもしれないし、何か悪いことした人に対して、自分にもそういう側面があるんじゃないか、と思うことも多いですし。どういう立場の人でも、僕なりに理解したいと思ってるところがあるし、それが執筆する上で一番僕の中の原動力にもなっているので。だから他人事にできることというのは、やっぱりほとんどないですね。

茂木:そこが、きっと文学というものの立ち位置なんでしょうね。

小川:そうだと信じたいですね。悪いことした人を「こいつが完全悪だから、こういう悪いことしたんだ」とか、誤ったことをした人を「こいつはモンスターだ」というふうにするんじゃなくて、「一歩間違えたら自分だったかもしれないし、自分の周りにいる人だったかもしれないし、自分にもこの人と同じものがあるかもしれない」と思うところから始まるものではないかな、と思いますね。

茂木:そういう意味においては、今回のこの『君が手にするはずだった黄金について』というのは、とてもいいタイトルですね。

小川:そうですね。だから、この本に書かれてる色んなもののニュアンスというか、それを含んだタイトルになったのかな、という気はしますね。僕の本にしては結構長いタイトルというか、ちょっとくどいタイトルなんですけど、これぐらいのくどさがこの本にはちょうどいいかな、と思います(笑)。

茂木:(笑)。これから、小川さんのファンの方も、そうじゃない方も手に取られると思うんですが、何か読者の方にメッセージとしてお伝えしたいことはありますか。

小川:僕は小説を読むことの良いことの一つは、立ち止まることだと思うんですよね。だから普段普通にただ生きていて、自分の周りをどんどん通り過ぎていく情報とか通り過ぎていく物事とかに、立ち止まって、「これって自分には無関係のことなのかな?」とか、「これは他人事なのかな?」というのを考える一つのきっかけになればいいなとは思います。

null



新潮社「君が手にするはずだった黄金について」特設サイト


●「君が手にするはずだった黄金について」/ 小川哲 (著)
(Amazon)