2017年10月07日
今週お迎えしたのは、スイスにある、モーリス・ベジャール・バレエ団の芸術監督 ジル・ロマンさんです。
ジルさんは1960年、フランス生まれ。
7歳でバレエを始め、当時、フランスの天才振付家と呼ばれていた、モーリス・ベジャールが設立した
20世紀バレエ団、今の「モーリス・ベジャール・バレエ団」に、1979年入団しました。
「未来のためのミサ」という公演で主役に抜擢され注目を集めます。
以降、『ハムレット』、『ニーベルングの指輪』、『バレエ・フォー・ライフ』など、
ベジャールのほとんどの作品で、重要な役を踊るようになります。
当時、その陰影のある演技とシャープなダンスは、衝撃的だったそうです。
そんなジル・ロマンさんにお話を伺いました。
──受け継いだもの
茂木:ベジャールさんはみんなが天才と認めていて、近くにいてベジャールさんの天才性、本質はどういうところにあったと思いますか?
ジル・ロマン:モーリス・ベジャールは、あらゆる文化に対する教養も深く、人類に対する感情移入も非常に深い存在でした。また、あらゆる宗教や文化に興味を持つ人でした。
モーリス・ベジャールが考えていた、あるひとつの文化について知るためには、その文化の中に身を投じて、それに関するバレエを作らなければいけないと考えていました。
茂木:なるほど
ジル・ロマン:その文化を知ることができる手段としてバレエを考えていたようです。そして、一生をかけて成長し続けようとした人です。天才について説明するのは、非常に難しいことですね。
茂木:モーリス・ベジャールさんから何を受け継いで、何が自分のオリジナルなのか、そのあたりはどうですか?
ジル・ロマン:モーリス・ベジャールの最後の数年間はたくさん話をしまして、ベジャールにとっても私にとっても、このバレエ団をただただ永遠に同じレパートリーを繰り返すバレエ団にしてはいけないと、練習を見る先生に預けるわけにはいかないと考えていました。
ディレクターはクリエイーターでなければいけないと、ベジャールも私も考えたわけです。
茂木:はいはい。
ジル・ロマン:レパートリーを尊重していくには、ダンサーは新しい作品、クリエーションというものも受け取らないと、尊重してレパートリーを続けていくことはできないんです。
──バレエと演劇の融合
茂木:ジルさんは、ダンサーとしてもベジャールさんと向き合ってこられたわけですが、ダンサーとして接してる時はどのようなことを言われて、どのようなことを受け止めてこられたのでしょうか?
ジル・ロマン:難しいご質問ですが、「アダージェット」を最初に踊っていたのは21歳の時で、日本では1982年が最初に上演したと思うんですけど。この作品にはパーソナルな作品になっていて。
茂木:そうなんですね。
ジル・ロマン:直す時は技術的なところを直していました、アイデアを与える、方向性を与えるというような直し方をしてまして。細かいタッチを直していくような感じで、できる限り踊ってる人を自由にしよう、解放しようという方向性の直し方でした。
踊る人が、ただ存在できるようにしようという直し方でした。
茂木:ジル・ロマンさんが、モーリス・ベジャールさんの舞台に憧れてバレエ団に入ってきたのと同じように、ジル・ロマンさんの演出に憧れて、バレエ団に若者が世界中から来てると思うんですけど、どういう基準でバレエダンサーを選ばれているんですか?
ジル・ロマン:ダンサーを選ぶ時は、ダンサーの人格を見ます。その時に自分がどう感じるか、バレエ団がどういうものを必要としてるか、その瞬間瞬間、本能的に選んでいます。
茂木:モーリス・ベジャール団におけるバレエと演劇の融合の伝統は、みんな大好きだと思うんですけどそのへんはどうですか?
ジル・ロマン:モーリス・ベジャールは子供の時に体格が小さかったので、体を鍛えようとダンスを始めたわけなんですけど。常に彼は、2人の人間がいると、その関係性というのは演劇性を含んでいるものです。
ダンスにとっても、ダンスを豊かにするもの、リソースとして演劇っていうものは常にあったと思います。
おっしゃる通り、これがモーリス・ベジャール、このカンパニーの特徴になっているかと思います。
●「モーリス・ベジャール・バレエ団/NBS日本舞台芸術振興会」
※チケットのご購入などは、上記のサイト、「NBS日本舞台芸術振興会」でご確認ください!
来週も引き続き、モーリス・ベジャール・バレエ団の芸術監督ジル・ロマンさんをお迎えしてお話をうかがっていきます。
どうぞお楽しみに。
ジルさんは1960年、フランス生まれ。
7歳でバレエを始め、当時、フランスの天才振付家と呼ばれていた、モーリス・ベジャールが設立した
20世紀バレエ団、今の「モーリス・ベジャール・バレエ団」に、1979年入団しました。
「未来のためのミサ」という公演で主役に抜擢され注目を集めます。
以降、『ハムレット』、『ニーベルングの指輪』、『バレエ・フォー・ライフ』など、
ベジャールのほとんどの作品で、重要な役を踊るようになります。
当時、その陰影のある演技とシャープなダンスは、衝撃的だったそうです。
そんなジル・ロマンさんにお話を伺いました。
──受け継いだもの
茂木:ベジャールさんはみんなが天才と認めていて、近くにいてベジャールさんの天才性、本質はどういうところにあったと思いますか?
ジル・ロマン:モーリス・ベジャールは、あらゆる文化に対する教養も深く、人類に対する感情移入も非常に深い存在でした。また、あらゆる宗教や文化に興味を持つ人でした。
モーリス・ベジャールが考えていた、あるひとつの文化について知るためには、その文化の中に身を投じて、それに関するバレエを作らなければいけないと考えていました。
茂木:なるほど
ジル・ロマン:その文化を知ることができる手段としてバレエを考えていたようです。そして、一生をかけて成長し続けようとした人です。天才について説明するのは、非常に難しいことですね。
茂木:モーリス・ベジャールさんから何を受け継いで、何が自分のオリジナルなのか、そのあたりはどうですか?
ジル・ロマン:モーリス・ベジャールの最後の数年間はたくさん話をしまして、ベジャールにとっても私にとっても、このバレエ団をただただ永遠に同じレパートリーを繰り返すバレエ団にしてはいけないと、練習を見る先生に預けるわけにはいかないと考えていました。
ディレクターはクリエイーターでなければいけないと、ベジャールも私も考えたわけです。
茂木:はいはい。
ジル・ロマン:レパートリーを尊重していくには、ダンサーは新しい作品、クリエーションというものも受け取らないと、尊重してレパートリーを続けていくことはできないんです。
──バレエと演劇の融合
茂木:ジルさんは、ダンサーとしてもベジャールさんと向き合ってこられたわけですが、ダンサーとして接してる時はどのようなことを言われて、どのようなことを受け止めてこられたのでしょうか?
ジル・ロマン:難しいご質問ですが、「アダージェット」を最初に踊っていたのは21歳の時で、日本では1982年が最初に上演したと思うんですけど。この作品にはパーソナルな作品になっていて。
茂木:そうなんですね。
ジル・ロマン:直す時は技術的なところを直していました、アイデアを与える、方向性を与えるというような直し方をしてまして。細かいタッチを直していくような感じで、できる限り踊ってる人を自由にしよう、解放しようという方向性の直し方でした。
踊る人が、ただ存在できるようにしようという直し方でした。
茂木:ジル・ロマンさんが、モーリス・ベジャールさんの舞台に憧れてバレエ団に入ってきたのと同じように、ジル・ロマンさんの演出に憧れて、バレエ団に若者が世界中から来てると思うんですけど、どういう基準でバレエダンサーを選ばれているんですか?
ジル・ロマン:ダンサーを選ぶ時は、ダンサーの人格を見ます。その時に自分がどう感じるか、バレエ団がどういうものを必要としてるか、その瞬間瞬間、本能的に選んでいます。
茂木:モーリス・ベジャール団におけるバレエと演劇の融合の伝統は、みんな大好きだと思うんですけどそのへんはどうですか?
ジル・ロマン:モーリス・ベジャールは子供の時に体格が小さかったので、体を鍛えようとダンスを始めたわけなんですけど。常に彼は、2人の人間がいると、その関係性というのは演劇性を含んでいるものです。
ダンスにとっても、ダンスを豊かにするもの、リソースとして演劇っていうものは常にあったと思います。
おっしゃる通り、これがモーリス・ベジャール、このカンパニーの特徴になっているかと思います。
●「モーリス・ベジャール・バレエ団/NBS日本舞台芸術振興会」
※チケットのご購入などは、上記のサイト、「NBS日本舞台芸術振興会」でご確認ください!
来週も引き続き、モーリス・ベジャール・バレエ団の芸術監督ジル・ロマンさんをお迎えしてお話をうかがっていきます。
どうぞお楽しみに。