未来に残したい森があると聞けば、世界中どこへでも出かけ、写真を撮り続けてきた写真家の小林廉宜さん。 その撮影でいつも心がけているのは、森を心の目で見つめ、森の声に耳を傾けることです。
植物と素敵に関わる人を紹介する「ボタニスト」。今月は小林廉宜さんの最新の旅と写真家としての原点、そして世界の森の撮影を通して知った、森を撮るよろこび、愉しみかたをご紹介します。
世界最古の樹との出会い
マダガスカルの「バオバブの森」、ドイツの「黒い森〜シュヴァルツヴァルト」、ブラジルの「アマゾン」、ロシアの「タイガ」、そして日本の「屋久島」、「白神山地」。 世界中の未来に残したい森を撮り続ける小林廉宜さんの最新のプロジェクトは、「世界最古の樹」に会いに行く旅でした。2008年に世界最古と認定されたスウェーデンのフルフジェーレットにある樹「ヨーロッパトウヒ」。その推定年齢は9550歳。 放射線炭素の測定によって明らかにされたその生命の歴史は、氷河期が終わって間もないころから続いている計算になります。
9000年以上生きる古木と言えば、巨大に成長した姿を連想しますが、この樹の高さは5メートルほど。厳しいツンドラ気候の中で一度は冷凍状態となりましたが、ここ1世紀の気候の変化で解凍され再び成長を続けています。小林さんがこの樹を目指した目的は、9000年以上生きる生命に触れ、その生命を育む土地や環境の中に自らを置く事で、何を感じることが出来るかを知るため。樹を濡らす雨、樹を揺らす風、天上に広がる雲、そして、太陽。ここではそのすべてが一体になって、この樹の存在を特別なものにしています。ひとり樹に寄り添い、この樹が聞く風の音を一緒に聞くことで、最も強く感じたことは、今、この時代にこの樹と会えたことへの感謝の気持ち。小林さんにとって樹は撮影の対象である前に、まず「会って語り合う存在」なのかも知れません。
子供の頃の夢は「未来に残したいものを撮ること」
小林廉宜さんの実家はカメラ屋さん。 幼い頃から父親の仕事にふれることでカメラに興味を持ち、家族写真や自然の風景などレンズがとらえた感動の瞬間に触れることで「何か残すべきものを撮影したい」、そんな思いを強く感じるようになったそうです。そして、同時に小林さんを育んだのが九州・福岡という土地と環境。都市での生活圏と自然が共存する福岡の街。より身近な場所にあった海や山での毎日の体験を通し、自然を感じる心、自然への興味を強くしてゆきます。その後、小林さんは写真家を目指して上京、たまたま誘われて同行した屋久島での撮影体験が、その後の写真家としての道を決定づけます。屋久島での撮影は雨が多く、土砂降りの中、足場の悪い山道を移動したり、機材を雨から守ったりと大変な状況でしたが、縄文杉を目指して濡れながら歩く中、心の底からこんな森の撮影が楽しいと思えたそうです。森の自然をすべて受け入れ、その中で見て、感じ、体験することを撮影して未来に残す喜び。小林さんは以後、森の撮影に没頭してゆきます。
小林廉宜さんが教えてくれる森の愉しみかた
20年に渡り世界各地の森をめぐり、撮影を続けてきた小林廉宜さん。「アマゾン」「タイガ」「シュヴァルツヴァルト」。 こんな世界有数の森を私たちが体験出来る機会はなかなかありませんが、小林さんおすすめの身近なところで体験できる森の愉しみかたもあります。それは「森で雨を待つこと」。もともと雨の中で体験した森の撮影の楽しさから、ライフワークを心に決めた小林さん。雨で森の樹々がかすんでも、森の風景の魅力は変わることなく、逆に水滴が放つ光と樹々や草からの甘い香りに包まれ、より魅力的な森を体験出来るそうです。
そして、「森で夜を過ごすこと」。本来、人に備わっている「見る」という能力は二つ。一つは光に反射されたものを見ること、もう一つが「気」という内面の感覚、心の目でものごとを見ること。もちろん安全な森という前提になりますが、人工の光がない森の暗闇で一晩でも過ごすことで、内面の「気」を感じ取る人の感性は研ぎ澄まされ、心の目で見る能力を取り戻すことができるそうです。小林さんおすすめの森の愉しみかた、機会があれば是非体験してはいかがでしょう。
『僕は本当に「みる」ということができているのだろうか? 目に見えるものだけを写そうとしているのではないだろうか!?』小林さんはこう自問自答しながら、光を写すカメラのレンズを見つめる目と心の目、両方を大切にしながら、森を愉しみ、森を撮影し続けています。
TOKYO FM
「クロノス」では、毎週金曜日、8時38分から、毎週週替わりのテーマでボタニカルな暮らしをご紹介するノエビア「BOTANICAL LIFE」をオンエアしています。
また、TOKYO FMで毎週土曜日、9時から放送している
ノエビア「Color of Life」。8月は小野リサさんを迎えてお届けしています。どうぞ、お聞き逃しなく。
小林廉宜(こばやし・やすのぶ)
写真家。1963年福岡県生まれ。九州造形短期大学写真学科卒業。写真家・三好和義氏に師事後、1992年に独立。希少な自然や文化を撮り続ける。雑誌・広告の分野でも活躍し、2003年には玄光社「コマーシャルフォト」において「今、活躍する100人の写真家」に選出された。著書は『森の惑星』(世界文化社)、『シルクロードを行く』(世界文化社)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)『森 PEACE OF FOREST』(世界文化社)など多数。