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Legend Story
17.08.05
江川卓 甲子園
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甲子園では、「怪物」と呼ばれた球児がいるが、その元祖と言うべき存在が、作新学院のエース・江川卓。

甲子園初出場は、1973年、高校三年の春の選抜。
北陽との1回戦では19奪三振と華々しいデビューを飾った。
小倉南との2回戦で10奪三振、今治西との準々決勝で20奪三振。
打者の手元でホップしてくるような豪速球を、バットに当てることすらできず、ファウルしただけで、5万人の観客がどよめき、打球が前に飛んだだけで大きな拍手が起きた。

準決勝では、達川光男擁する広島商業と対戦。
打者はみなバットを極端に短く持ち、デッドボール覚悟でホームベースギリギリに立った。
江川から1点を取るため、得点チャンスではバント、盗塁を駆使した。
その作戦が功を奏したのは、8回裏ツーアウト1,2塁の場面。
相手ランナーの盗塁がキャッチャーの悪送球を誘って生還。
これが決勝点となって1対2で作新学院は敗れ、ベスト4で姿を消した。
江川がこの大会で奪った三振の数は60。
春のセンバツは、「江川の大会」といわれたほどのインパクトを残した。

その年の夏、江川は再び甲子園のマウンドに立った。
初戦の柳川商を延長15回の末破り、 迎えた2回戦で、銚子商と対戦。
疲労と雨の影響で、豪速球に本来の伸びがなかったが、江川は無失点に抑え続けた。
   
0対0、互いに譲らず迎えた12回裏。
制球を乱した江川は、ワンアウト満塁のピンチ。
フルカウントとしたところで、マウンドに内野手が集まって声をかけた。
「お前に任せる。」江川は、一人一人の顔を見てうなずいた。
   
169球目、江川卓が投じた甲子園最後の一球は、高めに大きく外れたボール球だった。
しかし、後に江川は「初めて、一番速い球を投げようと思った。
甲子園や予選を含めて、一番のボール」と語った。

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