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Legend Story
17.04.01
奥寺康彦

今から40年前、一人の日本人が海を渡り、世界最高峰のサッカーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガに挑戦した。奥寺康彦…。
   
まだ、日本にプロサッカーリーグが誕生する15年も前。
ブンデスリーガはもちろん、ヨーローパのリーグに所属する日本人選手第1号となった。

きっかけは1977年、奥寺が25歳の時。
日本代表が旧西ドイツで合宿を行った際、ケルンの監督の目にとまった。

当時は、海外移籍など考えられない時代。
安定した会社員生活を捨て、プロ選手になることには反対の声もあった。
しかし、熱心な誘いに応えたいと、奥寺は、海外挑戦を決意。
   
その年10月、シーズン途中の加入にも関わらず、すぐにベンチ入りを果たした。
12月のカップ戦では、移籍後初ゴール。
このシーズン、リーグ優勝の懸かったシーズン最終戦では2ゴールを決め、チーム創設年以来2度目の優勝に大きく貢献した。

この年ケルンは、カップ戦でも優勝し、奥寺は1年目にして、二冠を達成。
   
その後9シーズンにわたりブンデスリーガでプレー。
その正確無比の安定したプレースタイルで地元ドイツのファンから「東洋のコンピューター」と呼ばれ、賞賛された。
   
日本人選手の海外挑戦の歴史は、奥寺から次世代へと受け継がれ、
今日ではヨーロッパでプレーする日本人選手の姿は、当たり前の光景となった。
海外挑戦のパイオニア・奥寺康彦の偉業が色褪せることはなく、その歴史はこれからも語り継がれていく。

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